「自立したアフリカンアメリカンの勇姿。」42 世界を変えた男 ネイモアさんの映画レビュー(感想・評価)
自立したアフリカンアメリカンの勇姿。
差別に苦しむアフリカンアメリカン、彼らに差別を加えるホワイトアメリカン、また彼らを差別から救うために手を差し伸べるホワイトアメリカンを描くことで、
一見『人種差別ダメ、人種差別主義者は悪だ』と伝えようとしているように見えて
差別に苦しむ"可哀想な"アフリカンアメリカンを時代を跨いで描き続け、そんな彼らを"ホワイトアメリカンが"助ける。という人種差別を温存する構造を持つ物語は多い。(実話を映画化したもよは、どのみち変えようのない事実なのは言うまでもないが、実話モデルの映画には敢えて史実と違った展開を見せるものもある。)
この作品はそれらとは違う。たしかにジャッキーにチャンスを与えたのはリッキーである。だがしかし、ジャッキーはリッキーに出会う以前より差別に対する不信感を抱き、それを自らの意見として発することのできる強き人物だったのに加えて、 彼は"彼自身"の力で成功していく。決して『白人のおかげで成功できた』という風に描かれてはいないのである。確実にジャッキー自身の努力、才能とそれらを適切に発揮するための忍耐力が彼を成功に導いていった。
この映画のテーマは"自制心(自分に飲み込まれないこと)"だろうか(野球の試合よりもジャッキーという人物のドラマに焦点が当てられるため、試合のシーンは予告や紹介文を読んだ時に思っていたほど詳細には描かれない)。物語全体を通してジャッキーは向けられる差別の声に対して、怒りに飲み込まれそうになりながら自制心を保とうとする。もちろん序盤は怒りに任せて行動に移してしまうこともあり、何度か我を失いそうになるのだが、物語が進みなんどもそうした場面を経験するにつれて彼は自分の怒りをコントロールするようになり、怒りに任せて行動することの恐ろしさ・愚かさを知っていく。
激しい怒りを覚えた時、一時の感情に任せて暴力に訴えれば事態がさらに悪化する可能性がある。それは冷静になって考えれば誰にだって想像の付くことだが、どうしてもカッとなってしまった時多くの人が"我を忘れてしまう"ものだ。だがそんな時こそ、自分を問いただし、飼いならすべきなのである。自分が何者で、なぜ、誰(何)のためそこにいて、なにを成さねばならないのか。それを見失うことの恐ろしさと、見失わないことの重要性を、何度も怒りと自制心の間を葛藤するジャッキーと共に、私達観客が物語を追うことで気付いていく。
本作においては、"怒り"に対する自制心が描かれたが、私は自制心が私達に"恐怖"に立ち向かう勇気を与えてくれると考えている。
私は編入受験生時代、2年間日々努力を重ねたが、辛くて何度も挫けそうになったし、本番を迎えた時も恐怖の余り逃げ出したくなった。だがそういう時、自分がなぜそこに居て、何のために戦わねばならないのかを絶えず問いただすことで、自分を見失わずに進んで来ることができた。受験真っ只中の学生達には、ぜひ自分を見失わずに前へと進んでほしい。進んだ道が正しかったのかどうかなど、進んでみなければわからないから、そんなこと気にしないで、自分を見失わず勇気を持って踏み出してほしい。
そして最後に、口数の少ない主人公であるジャッキーを演じたチャドウィック・ボーズマンの"目の演技"に拍手を送りたい。口数が少ない人物を演じるからこそ、彼の"目で語る演技"がより輝いたのではないかと私は感じている。
ハリソン・フォードの時に厳格・冷静で、時に暖かい表情も(やはりハン・ソロを思い出してしまい笑)心が温まったものだ。