劇場公開日 2013年3月9日

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「「典型」ではなく「人間」の提示」愛、アムール HAPICOさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0「典型」ではなく「人間」の提示

2023年3月24日
iPhoneアプリから投稿

202303 555
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書籍『ミヒャエル・ハネケの映画術』より、一部

デビュー以来、幸せな瞬間を映すことを拒んできたわけではありません。ですが、私の印象ではメインストリームの映画があまりにそれを濫用してきたために、駄作に堕することなくそれらを撮影することが難しいように思われたのです。駄作にならずにポジティブな物事を映す力は、人が手にしている芸術的な力に比例して増大するのだと思います。今日、私がかつてよりも少しばかり軽率に振舞っているのはそのせいかもしれません。私の初期作品であるオーストリア三部作は典型の提示でした。『愛、アムール』の登場人物たちは、典型というよりは人間なのです。それは、『コード・アンノウン』以降の私の映画の変化であるように思われます。この映画にも、『隠された記憶』と同様に、すでに優しさの瞬間があったのではないでしょうか。

連続した固定ショットのモンタージュからなる二つのシークエンス―無人のアパルトマンと絵画―は、それぞれ、脚本執筆の段階から、音楽でフェルマータ(中断、ないしは、ある音や和音、休止の延長を指示する音楽用語)と呼ばれるものが欲しいと感じた時に入れています。辛いシークエンスの後で、画面に少しばかり息抜きを入れるためです。
無人のアパルトマンの連続ショットは、リヴァの入院の直後です。それは、ある瞬間からある瞬間へと、いかにしてすべてが消えてしまうことが起こり得るのかということを示しています。夜の場面なので、不安感が増しています。
絵画の連続ショットは、トランティニャンがリヴァに平手打ちするシークエンスの直後です。彼がリヴァに水を飲ませようとするのに、彼女は死にたいのでコップの中身を吐き出してしまいます。私にとっては、ここが作品中で最も暴力的なシークエンスであり、作品の大きなテーマを問うています。愛する人の苦しみにどう対処するのか。密室から出ることなくそれを表現するのに、無人か、もしくは、世界から遠く離れた二人の人物が書き込まれている広大な風景画のアイデアを思いつきました。私はどんな風景画にしたいかの完全なイメージを持っていて、最初、美術監督のジャン=ヴァンサン・ピュゾが見せてくれたスカンジナヴィア地方の絵画の写真は完璧にイメージ通りでした。しかしそれらの絵画は別々の美術館に所蔵されており、撮影のために持ち出すのは不可能だったので、最終的には別の絵画を選びましたが、スカンジナヴィア地方のものの方が良かったと今でも思っています。

妻を殺す前に彼女に語るサマーキャンプの思い出は、私が体験したことがらです。台所で彼が彼女に語る映画の話も同様です。しかし、それはものを書くとき、人がいつもすることです。私たちは個人的に起きた出来事やいつかどこかで考えたことを再び取り上げます。さもないと、月並みな決まり文句に堕してしまいます。しかし、私個人の人生に由来することを、自分の映画で明らかにする必要は一切感じません。本作で物語った話は私の両親の話ではありません。たとえ、私の母親が何度も自殺を試みたのが事実であったとしてもです。

若きピアニストのアレクサンドルの態度は、今日、若さの盛りにある人々が老いを見せられた時に感じる気詰まりを表しています。彼らは老人たちとどうやって暮らせばいいのかわからないのです。習慣がないのです。かつての若者たちは老人たちの隣にいて、彼らの抱える問題を理解していました。今日、老人の数は増えていますが、彼らは片隅で暮らしています。

ジョルジュは必ずしも死んでいません。彼は単に出ていっただけかもしれない。なぜなら、冒頭のシーンで、玄関の扉は目張りされていませんでした。
私が好むのは、日々の生活の非常に具体的な細部が人間存在の真実に近づかせてくれることです。例えば、作品の冒頭では、映画の観客がコンサートホールの聴衆たちの中にいるアンヌとジョルジュを発見するようにしました。彼らは群集の中にいる二人の人物なのです。なぜなら、彼らの物語は誰にでも訪れることがあるからです。

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Score収録曲

1 即興曲 変ト長調 作品90-3 D899-3 (映画より) / アレクサンドル・タロー
2 即興曲 ハ短調 作品90-1 D899-1 (映画より) / アレクサンドル・タロー
3 バガテル ト短調 作品126-2 (映画より) / アレクサンドル・タロー
4 コラール前奏曲:主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる BWV639 (映画より) / アレクサンドル・タロー
5 楽興の時 第3番 ヘ短調 作品94-3 D780-3 (追加曲) / アレクサンドル・タロー
6 バガテル イ長調 作品33-4 (追加曲) / アレクサンドル・タロー
7 バガテル ハ長調 作品 33-2 (追加曲) / アレクサンドル・タロー
8 映画からのダイアログ抜粋 シーン1 (アレクサンドル・タロー、エマニュエル・リヴァ、ジャン=ルイ・トランティニャンの対話) (ボーナス)
9 映画からのダイアログ抜粋 シーン2 (ジャン=ルイ・トランティニャン、エマニュエル・リヴァの対話) (ボーナス)

HAPICO