「ヴァージニアは消え逝く」Virginia ヴァージニア 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
ヴァージニアは消え逝く
レビュー執筆意欲を掻き立てられずにいられない作品でしたが、字数制限あるのでササッと行きます、ササッと。
原題『Twixt』は betweenの古い同義語。
現実と夢の狭間のような本作にはピッタリだ。そして本作にはもうひとつの狭間が存在する。
それは、少女と大人の狭間。
ポーの亡霊は語る。
「死が最も美に近付く瞬間とは? 美しい娘の死がそれだ」
そして、ポーの詩『大鴉』で繰り返される文句。
「消え去りぬ(never more)」
永遠に美しく在り続けるものより、我々は消え逝くものに美を見出だす。
二度と戻らないと知るからこその価値を知る。
枯れゆく草木。夜空の花火。薄れゆく記憶。
そして、子どもの無垢な心。
史実として、ポーは従妹ヴァージニアが14歳の時に彼女と結婚。その約10年後、彼女は肺を患って死んだ。
映画終盤でポーが呟く数々の名前が示す通り、儚く消えた妻は、彼の作品の源泉だった。
主人公にとっては事故死した娘こそが死に逝く美の象徴。
己の後悔と向き合って初めて、彼は作品を完成させる事ができた。それは儲けの為ではない。
「この作品は我々があの小さな亡霊に用意した墓なのだ」
監督自身、息子をボート事故で亡くしている。もう四半世紀も前の話なのに、未だに息子の死を悼んでいる。
“時が解決してくれる”なんて言葉があるが、時では決して癒えないものもある。
スワンバレーの町で時間の概念が意味を為さない理由はそれかも知れない。
では神父は?
神父は、無垢で美しい子ども達を穢したいという欲望を抱えていた。
もはや無垢ではない対岸の若者達に、子ども達、特にヴァージニアが穢される事を怖れた。
少女と大人の狭間にいた美しいヴァージニアはその名の通り、
神父にとって消え逝く純潔(Virginity)の象徴だった。
そして吸血鬼というキリストの敵を自分自身に信じ込ませ、
子ども達を救うという名目で、彼らの殺害を正当化した。
ハイ、そんなとこかしらん。
それらを総合して、本作で監督が語ろうとしたテーマは?
さあ。僕には分からない。
テーマは在るかも知れないし、無いかも知れない。
どちらでもいいことだ。 僕は、死に逝く美に魅せられた作家を見た。と同時に、
不可思議で、不気味で、だがユーモラスな、夢とも現実ともつかない世界に魅せられた。
以上!
自分でも何言ってるか良く分からんレビュー、終わり!
<2012/9/1鑑賞>