ヴィダル・サスーン : 映画評論・批評
2012年5月15日更新
2012年5月26日よりアップリンク、銀座テアトルシネマ、新宿武蔵野館ほかにてロードショー
世界的なカリスマ美容師のドラマのような人生
ビダル・サスーンは、カット主体のヘア・デザインで美容界の流れを変えた世界的なカリスマ美容師だ。残念ながら5月9日に84歳で亡くなったが、彼の人生を追ったこの映画を見ると、サスーンの美容変革が1960年代にロンドンを発信地として世界中に波及した若者文化「スウィンギング・ロンドン」と連動していたのが分かって興味深い。ビートルズが音楽界を変え、マリー・クワントのミニ・スカートがファッションを変えるのと時を同じくして、美容院でセットする必要がないサスーンのデザイン・カットが女性の生活スタイルを変えていく。ダンスのようにステップを踏みながら髪をカットする若々しいサスーン。「スージー・ウォンの世界」に主演したナンシー・クワンや「ローズマリーの赤ちゃん」のミア・ファローの髪をカットする映像もあって、自由で伸びやかな当時の空気がイキイキと伝わってくる。
その時代の波以上にサスーンに変革を促したのが、貧しいユダヤ人という彼の境遇だ。両親の離婚で孤児院に預けられ、母親の薦めで美容院のした働きになったのが14歳。ユダヤ人排斥運動の中でアイデンティティの確立に悩み、48年、イスラエル兵士として中東戦争に従軍。帰国後、食べるために美容師で生きると決意。そのためには業界に従うか変えるか二つに一つだと考えたという。当時の人気美容師レイモンド・ベッソーネにシザー・カットの極意を学び、ボイストレーナーについて下町訛りを矯正。独立後、9年かけて髪の自然な流れと幾何学的な要素を採り入れたスタイルを研究。「ファイブ・ポイント・カット」を発表して時代の寵児になっていくプロセスがドラマのように面白い。「人生決しておとぎ話のままでは終わらない」と語るサスーンのサバイバル人生は見応え充分だ。
(森山京子)