籠の中の乙女のレビュー・感想・評価
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リアル『トゥルーマン・ショー』
これ要するに「自力で『トゥルーマン・ショー』やってみた」の映画…という理解です。
箱庭環境での子供の養育、イカれた父親の偏愛、子供の自立・親離れなど、『トゥルーマン・ショー』(1998)との共通点が多かった。
そもそも『トゥルーマン・ショー』だってかなりショッキングな作品です。しかしそれをここまでショッキングにやりますか!更にシュール・ギャグを散りばめますか!
あまりに生々しいバイオレンス描写の一方、躊躇や恥じらいや色気のない性行為の描写は、何というか非常に「乾いて」います…。うーん…この監督、真性の変態でしょ。
でもその変態性を絶妙な味わいへと昇華できるのは凄いことだと思います。
それから、冒頭に言葉遊び(?)が描かれ、その後もしばしば言葉の意味置き換えを明示するシーンがあるので、もう全体的に登場人物たちのセリフに信頼が置けなくなります。
これきっと監督さんが「言語」というものを信頼していないんでしょうね。
さらに、身体はすでに充分大人になっているのに内面は子供のままな登場人物…これも監督さんの自己アピールというか自己投影ではなかろうか。
残虐性、冷静な性コミュニケーション、非論理性、アブノーマル、幼児性…つまりこの監督、本物の天才ですわ。(もしくは天才の紙一重)
監督さんみたいな天才にとっては、自分自身が日々生活しているリアルなこの世界、おそらく非常に不条理でシュールに感じられることでしょう。逆に凡人には、監督が作り出した映画の中の世界こそ不条理でシュールに感じられるという仕組みですね?
この映画、天才の頭の中の世界を覗く映画でした。いや凄いものを見てしまった…。
籠の鳥
プール付きの庭がある豪邸に住む家族。子供たちはその家に隔離されて育てられている。父親からは外の世界は危険だと教えられており、それを信じているさまはシュールであり、滑稽でもある。
父親は大切な子供たちを危険な外の世界から守りたいという思いからの行動なのか、あるいは子供たちをずっと手元に置いておきたいという支配欲からの行動なのであろうか。
この家の支配者は間違いなく家長である父親であり、そんな父親に妻も子供たちも逆らうことはなく父親の言うことを信じきっている。外の世界は危険なのだと。
しかし、長男の性処理のために雇った外部の女性から外の世界の情報を知った長女は父親に対して疑問を抱く。そして彼女はこの牢獄からの脱出を試みるのだった。
家父長制、そしてその背後にある全体主義を皮肉った作品なのであろうか。あるいは単純に親のエゴを描いたシュールな作品と解釈するべきか。極力説明が排されているため観る者の想像力を搔き立てる。
個人的には本作を観て星新一の短編、「月の光」を思い出した。赤ん坊のころに引き取った少女を育てる金持ちの男は少女を溺愛して、部屋に閉じ込め、言葉も教えず、食事も自分からしか与えなかった。少女もそれに満足している様子だった。しかしある時、男は事故で死んでしまい、男の執事が代わりに少女に食事を与えるが男以外からの食事を食べようとはせず衰弱して死んでしまう。
太陽の光を失えば月は輝くことはできない。愛する少女を自分の手で守りたいという男の思いが結局は少女を不幸にしてしまう。強すぎる依存関係は時として共倒れを生むのだ。
父親の言うことを信じきっている長男はもし父親が死ねば生きていけない。それでも一生をあの家で暮らしていくのだろう。籠の鳥が空に飛び立つことなくその一生を籠の中で終えるように。
【ヨルゴス・ランティモス監督作品の中でも、最も不条理でブラックシュールな作品。親の妄念で子供を外界から隔絶された”籠の中”に閉じ込めて置くと、子供はオカシクなり、家族はいつか破綻します・・。】
■ギリシャ郊外の裕福な家庭。
一見普通に見えるこの家だが、外の世界の汚らわしい影響から守るため、両親は子供たちを家の中だけで育てていた。
そんなある日、父親が長男のために外の世界からある女性、クリスティーナを連れて来たことで、子供たちの心に変化が起き始める。
◆感想
・劇中、長男と姉妹の名前は一切出ない。もしかして、名前が無いのかもしれない。
・劇中、クリスティーナと長男のSEXを始めとして、矢鱈に無表情なSEXシーンが多い。
・両親は子供達にテープを通して、嘘ばかりを教える。
・子供たちは、遊びをするが普通の遊びではない。
・長男は、平気で猫を惨殺する。
・長女は外界から来た、クリスティーナの持っていたテープを手に入れ、外界に興味を示し出す。
そして、自ら犬歯を叩き割る。(当然、痛そうである。)そして、父親の車のトランクに入り、外界へ・・。
ー 今作の英語の題名は”Dogtooth"である。-
・家を支配する父親は、クリスティーナの家を訪ね、彼女をビデオデッキで殴りつけ、罵りながら部屋を出て、新たな息子の相手の女を2名連れてくる・・。
・ラストは父親の車のトランクがアップになって終わり・・。
<ヨルゴス・ランティモス監督作品の中でも、最も不条理でブラックシュールな作品。
家族の絆を誰にも壊されたくない父親の妄執と、それに振り回されて育ったどこかがオカシイ子供たちの姿を独創的な視点で描き出す。
外界から、遮断された家庭の中に渦巻く不条理と狂気が不気味な作品である。>
最後まで観るのが苦痛
カオス
犬歯が抜けたら…
ロブスター、聖なる鹿殺しなどのヨルゴス・ランティモス監督のサスペンス映画。
最狂の奇行映画でした。
やることなすことみんなおかしい。
一見普通の家族に見えます……か?見えないですよ。
厳格な父親は家族を外の世界へ一歩も出させようとしない。
子供たちは生まれた時からそうなのでしょう。
全く抵抗することなく信じきっている。
ヒヨコが産まれてすぐ見たものを親と思い込む現象と同じですね。
名目上は、外の危ない汚いものに触れさせない的なことですが、完全に洗脳。
堅い床材は遠足、塩は電話、女性の陰部はキーボード、黄色い小花はゾンビ。
「犬は粘土です」は?何言ってんの?
こんな感じの「は?」というルールや奇行がずっと続いていき、特にストーリー的に何かあるわけでもないまま終わる、と言った感じ。
ただ、これが嫌なわけではなく、むしろ次のルールや奇行を期待しちゃうくらい。
シュールすぎて笑える所も結構あって、徐々に自分の中で楽しい映画になっていく。
変態ですね、映画も私も。
家族で四つん這いになって犬の鳴き真似をするのと、目隠しして何分でゴールできるかゲーム、結婚記念日謎の踊りは特にお気に入り。
目を離すとすぐ脱ぎ始めます。
どこがヤバいシーンかというと全てがヤバいシーンなので、とにかく観てみてください。
変態のあなたならきっと受け付けると思います(ただ、猫ちゃん惨殺シーンは無理かも)。
ラストは判断を委ねられる系かな。
無音のクレジットも独特でした。
私的には聖なる鹿殺しよりもこちらが好き。
聖なる鹿殺しと違って全体的に絵が明るいので、これはこれで不気味さや狂気が映える。
わけわからないので、合う合わないははっきり分かれると思いますが、おすすめです!
犬歯
あらゆる不快さを詰め込んだ映画です。この意味不明の家族の成り立ちが...
気持ち悪さが残る映画
筋金入りの変態監督
原題『犬歯』の方がしっくりくるな、と思った。 気持ち悪いゾッとする...
『ロッキー』も『ジョーズ』も観ちゃダメ!
「何のゲーム?」「そりゃ熱湯コマーシャルでは?」と、序盤では一体何を観たのだろう?と疑問符が頭の中にいっぱい浮遊している感じ。まずは自分が勤める工場の警備員女性クリスティーヌを目隠しをして家に連れてきて、息子のセックスの相手をさせる父親。あぁ、知的障碍者の息子の性欲を満たすために・・・と思ってはみたものの、どうも様子が変。とりあえず知的障害なんかじゃなくて、外に一歩も出さずに育てたせいなのだ。長女、次女も同じ雰囲気。カセットテープで勉強らしいことを学ばせようとはしてるものの、小学生に大学生レベルの授業を行ってるようなものなのだ。
ようやく状況が理解できてからも、父親の偏執的な教育方針は変わらず、猫を殺すという凄惨な事件を起こす息子に対しても“死”を教える方法が道理を逸しているのです。そんなヘンテコな家族の歯車も、クリスティーヌの性欲が満たされないために長女に舐めさせ、そのご褒美にとビデオテープを無理やり奪われたことで狂ってくる。
台詞から推測すると、長女は『ロッキー』と『ジョーズ』を観てしまったのだろう。“暴力”というものを学んでしまった長女。父親は怒り心頭。しかし、その罰を暴力を加えるという点で異常にも感じてしまう。犬をトレーナーにまかせっきりなところからしても、教育方針は破綻しているのだろうし、結局は兄妹でセックスさせるところも異常だ。長女はボクシングに興味を持ってしまうし、外界への執着も頂点に達してしまうのだ。
シュールすぎるラストも色んな可能性が考えられ、想像力を掻き立てられる。ギターだけは上手い長男とヘンテコな踊りをする姉妹。“死”についても理解できないまま、“ゾンビ”とは黄色い花のことだと覚えてしまうことも虚しかったり悲しかったりするのです・・・ストーリーはわけわからないのに痛々しいシーンも強烈なため、記憶に残りそうな作品でした。
独創的なダンスはまさに誰の真似でもない
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