聴こえてる、ふりをしただけ : インタビュー
2児の母で現役看護師、育休中に撮った作品がベルリン受賞
今泉かおり監督に聞く
母を亡くした少女の繊細な心の動きをみずみずしく描き、第62回ベルリン映画祭ジェネレーションKプラス部門子ども審査員特別賞を受賞した本作は、今泉かおり監督初の劇場長編作。実は今泉監督、2児の母で現役看護師、しかも本作は育児休暇を利用して撮った作品だというから驚きだ。ちなみに夫は「こっぴどい猫」などで知られる新鋭・今泉力哉監督。ユニークな経歴を持つ、今注目の女性監督から話を聞いた。(取材・文/編集部)
高校時代に看護師になろうと決め、看護大学に進んだ今泉監督。大学生活のかたわら映画にのめり込むようになり、ジョン・ウォーターズの「セシル・B ザ・シネマ・ウォーズ」からミニシアターの魅力にはまった。自分で映画をとりたいと思うようになったきっかけは、真利子哲也監督の「極東のマンション」。「同い年の人がこんなに面白いものを作れるんだと一気に身近に感じて、自分でも撮ってみたいと思ったんです」。
映画監督を志し、いったん仕事を辞め2007年に上京。映画学校で映画製作を学び始めてからその才能は一気に開花し、卒業制作の短編で京都国際学生映画祭準グランプリを獲得。夫の力哉氏とは、映画学校時代に出会った。「脚本からお互いに見せ合って、アイデア段階から相談します。私はあまり経験がないので、編集や撮影方法についてもすべて相談しています」。そろって映画監督という立場から、忌憚(きたん)ない意見を交わしているという。
高い評価を得た本作は自身の実体験を基にしており、父親の病気で家庭環境が変わったときの喪失感を反映させた。母親を亡くし、気持ちの整理がつかない11歳のサチ。周囲の大人は慰めてくれるが、母に会いたい気持ちは募るばかり。そんな時、おばけを怖がる風変わりな転校生がやってくる。大人の姿を見、子ども同士のやり取りを介しながら新しい日常へ生きようとするサチの心の成長を描き出している。
子どもの揺れる心理を丁寧にすくい取り、女性らしい感性で切り取った細部の描写も鋭い。特に子役たちの自然な演技には目を見張る。「私が何も言わなくてもアドリブを子どもたちが入れてくれました。その良い雰囲気が映画の中に出ているので、子どもたちに助けられた部分も大きかったです」。
この日、幼い2児を同伴して取材に臨んだ今泉監督は、映画製作と育児を比較すると「育児の方が大変です!」ときっぱり。それでも、映画にかける情熱は消えることはなかった。
「(子育てとの両立は)収拾がつかなくなっていますが……(笑)、でもやらなくて後悔するくらいならやっておこうと、特に映画に関してはそういう気持ちになったんです。最初はあこがれだけでしたけれど、だめだったらだめで1回やってみないと、年をとったときに絶対後悔すると思ったんです。結果がついてきたので良かったですが、だめでも『ママはこういうことやってきたんだよ』って子どもに言えますし」。
次回作は未定だが、今後も看護師の仕事を続けながら「今は子どものために時間を使って、良い企画があったらゆっくり脚本から取り組みたい」と話す。母、看護師、映画監督と3足のわらじをはく今泉監督の新たな作品にも期待したい。