ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日のレビュー・感想・評価
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シャマランヘ
この手のどんでん返しものでしかもインドが舞台なのに!その頃アフターアース撮ってたんかーい!
最後にまさかの展開でした。
それがなくても充分映像美やスリル感で楽しめました。
一言でいえば、神の話
恐らく動物と漂流した話が真実なのだが、人間が漂流した話と、どちらが真実か分からない。
この映画の本質が提示されたとき、大きな衝撃を受けた。
動物を殺して生きることを考えさせられて、神の存在に思いをはせた。
映像もきれいで、映画の世界にのめり込むことができた。もう一度観たいと思える作品。
映像が綺麗 真実のストーリーは何
冒頭の動物やインドの映像でいきなり引き込まれる。海上でも緊張感のあるストーリーに釘付け。星夜の映像は圧倒的に美しい。真実のストーリーはどっちなんだろう。
自然に敬意を払った作品
ストーリー自体はメッセージ性はあるが、現実離れしている感が勝る。
自然の描写がとても美しかった。特に海。夜の海の描写は本当に綺麗だった。本作は虎と青年の漂流記であるが、最初は虎が恐いし、虎と共存できるのか興味津々だったが、やはり虎と共存はあり得なかった。だが、虎が作品が後半へ行くほど、可愛く見えるようになっていったのは気のせいか。
とても自然に敬意を払った作品だった。
2度目に観るときはここをお見逃しなく 1月25日更新
パイが病室で『コックの話』を始める場面
長い漂流が終わって救助されて、観客はホッとして油断している。その心理のスキを突いて「どんでん返し」が語られますが、
『コックの話』は事実ではありません。パイは人殺しはしていないんです。
この作品を2択問題のようにとらえている人が多いのですが、『コックの話』も『虎の話』もどちらもフィクション。
この映画は、『虎の話』と『コックの話』を重ね合わせて比較考量したときに、空白の真実=『パイの漂流中に何があったか』が
推理でちゃんと解き明かせるようにできています。
「真相は藪の中」というような曖昧な作りではありません。
見逃してはならないのは話を始めるときのパイの仕草と表情です。
いわゆる「目ェが泳いでいる」状態。ゆっくりゆっくり考え考え話している。ノープランで場当たり的な作り話をするときヒトはあのような様相を呈します。
1回目に観たとき、私はパイがヤケクソでデタラメな話を始めたのかと思った。
「不思議」を信じようとしないオジサン達にうんざりして、「わかったわかった、あんた達が聞きたがってんのはどーせこのテの話だろ」と、いかにもなサバイバルストーリーをでっち上げたのだと。
でも、話が進むにつれてパイの表情は真剣そのものになってきて、声を詰まらせて話終えるときの涙はとてもウソ泣きになんか見えない。
しかも、観客に考える間をあたえず、カナダ人ライターが「シマウマ=船員、ハイエナ=コック…」と種明かしモドキを展開するので、やっぱりこっちが現実だったのか??? と“受け入れざるを得ない”ような心境に追い込まれてしまう。
あんなオチいらん!! と酷評している人、後味の悪さで★1個減らしましたというレビューetc. 気持ちはわからんでもない。
けど、後味が悪い妙な気分になるのは、作品が不出来だからではなくて、信じなくていい話を無理に信じようとしているからなんです。
パイの自供の矛盾を見抜いて、なぜパイはやってもいない殺人を告解したのか? そこから真実が見えてくる。
病室のシーンはこの作品全体の謎を解く、大事な糸口なんです。
【パイの自供のココが変!】
まず、あまりにも都合よく“悪者”が登場する。
しかもその“悪者”たるや、(最終的にはパイの母を殺害するような凶悪な奴だというのに)、およそ悪者らしからぬ矛盾したことばかりしている。
食料が十分あるのに鼠を喰っていたという供述からして変。自己チューな野蛮人なら、暴力にモノをいわせて水と食料を独り占めするとこからじゃね?
百歩譲って、「ビスケットなんかより鼠の方がうめぇぜグヘヘヘ」というゲテモノ喰いだったとしても、
(そんなコックの料理やだ~)
なんでわざわざパイ母子を説得して、船員の脚を切断する手伝いなんぞをさせるのか?
そんな面倒なことをするより、ほっとくか、あるいは「こいつはもう助からねえ」と、ひとおもいに殺してしまったほうが楽に肉が手にはいるし。
しかも母がキレてビンタしても、男はその時点では暴力は振るわない。かわりに切断した脚にかぶりつくパフォーマンス。「俺様に逆らったら喰っちまうぞ~」という威嚇なのか?
罵られてビンタされても反撃しなかった奴が、我が子をかばって逃がそうとするとナイフで刺し殺すのか?
殺してすぐに死体は海へ捨てた?
翌日、パイは筏からボートに移動。コックは反省して??無抵抗。
母が殺された直後に逆上して突っかかっていったならまだしも、一晩時間をおいてから無抵抗の相手を殺すのって…、あのパイにそういうことができるのか?
それと、
みもふたもない言い方だが、新鮮な死体が手に入ったら、さっさと覚悟決めて食べちゃわないと食料としての利用価値が無くなる。
画面からはあまり暑さを感じないかもしれないけど、赤道付近の非常に暑い環境だから肉はすぐ腐り始めます。
注)アン・リー監督は、観客が“暑さ”に気づかないように、わざと冬にこの映画を公開しています。
(詳細はamazonの「ライフ・オブ・パイ」ブルレイ4枚組の商品レビューにup済み)
あの環境で生肉が食用足り得るのはせいぜい1週間(煮炊きする道具無いですから。生食ですから。)
それも血抜きして解体してブロック肉にした場合の話。死体のまま放置しておいたら2~3日で内臓からぐっちゃぐっちゃに腐ってとんでもないことになります。
パイの自供を真に受けるなら、
母を殺されたショックと、人を殺したショックからさっさと立ち直って、一両日中に死体を解体して、食えるだけ詰め込み、残りは削ぎ切りにしてテキパキ干肉造りをしたことになりますが………
それに経過日数を考えると、パイがコックを殺してボッチになるのは、長く見積もっても船が沈没して1ヶ月以内です。
●船員の傷口悪化→壊死→死亡 まで放置したとしても2~3週間以上の長患いにはならない。切断したせいで死期はもっと早まっている
●船員死亡の翌日、釣餌の件、母 コックをビンタ。
●1週間後、亀の件、コック 母を刺殺
●翌日、パイ コックを殺害
という供述なので、
まとめると:約2~3週間+1日+1週間+1日=約1ヶ月
ほんで、漂流日数227日。
円周率や素数とからめて、この数字に何か神秘的なものを見いだそうとしている人もいるようですが、ぶっちゃけ7ヶ月超です。
漂流1ヶ月目で人肉を食べたけど、その後は魚や亀とかを食べて生還しました?
半年、海の幸で漂流できるなら人肉喰わんでもよくね?
そもそもパイがコックを殺した時点では、まだビスケットや水は多少は残っていたはずなんです。
ガチベジのパイでさえ人肉に食らいつくような深刻な飢餓状態であったなら、野蛮な肉食男が女性の遺体を完食せずに海に捨てるわけがないからです。
【第2の創話】
冷静に考えればここまでツッコミどころ満載なのに、話を聞いた保険屋さんも観客も言葉を失う。
パイの“感情”は真実だからです。
人の心の痛みがわかる人なら、これ以上追求せずにそっとしておいてあげようって思いますよね。
でも曖昧なままパイを人殺し認定してしまうのは優しさでも良識でもないと思います
パイが語ったのは、実際に漂流中に起こったことをアレンジした第2の創話。
話始めは「えーと誰を誰にしようかな」ってキャスティングしつつ、
(この時点では保険屋さんの追求をかわすことだけを考えて、本人もあんな重い締めくくりを想定してなかったと思われ)、
即席の矛盾だらけの話をしていくうちに、実際のつらい記憶が甦ってパイは耐えられなくなる。
なぜパイは事実をありのままに話さず、保険屋さんが一番知りたがっている船の沈没原因について、「わからない」の一点張りなのか?
漂流中にホントは何があったのか?
謎はちゃんと解けるように出来ています。そのための大事な手がかりが漂流前の家族描写の部分にぎっっっしり。
後日、下記に真相を追記しますが、まずはヒント集の方を読んでみてください
字数制限のため、謎解きのヒント集としてはamazonのカスタマーレビュー「ライフ・オブ・パイ/4枚組」「DVD1枚」に1本づつ投稿済み。同じタイトルの「2度めに観るときはここをお見逃しなく」というレビューです。
スタンプラリーみたいになっちゃってすみません。Yahoo映画に携帯からネタバレ無しの500字投稿してしまったのが悔やまれるわ
できればスグには 真相 は読まずに、謎を解いたあと、答え合わせをするような感じで読んでいただければ、と思います。
■■ 真 相 ■■
字数が どぉぉしても足りなくて、結局ブログにしました。
えいちてぃてぃぴぃころんすらすら d.hatena.ne.jp/chap-chap3
携帯からだと一発で行けたんですけど、検索ウィンドウだと「はてな」の他の項目が山程でてくるので、
検索ワード「ライフ・オブ・パイ専用ザク格納庫」でひっぱるか、hatenaのホームページの検索ウィンドウに上記ブログタイトルを入れて検索してください。
面倒なことになってすみません。
すでに当映画COMの拙レビューと、尼尊投稿済みヒント集2本 お読みになっている方は、
「記事の一覧」1月25日 からお読みください。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
字数ギリギリまで【ヒント】の追加を。
ココに投稿した内容は、一言で言えば「コックの話」は真に受けちゃいけないよという、ただそれだけなんですが、大部分の人が信じてしまっているのでしつこく矛盾を書き出したわけです。
もう十分だと思いますが、例えばこんな短いセリフ
「足を折ったのは食堂で話しかけてきた仏教徒の船員。言葉は通じなかったけど苦しんでいた」なんていうところもおかしいんです。
船員さんはちゃんとパイたちと英語で会話してましたでしょ。ケガの痛みがひどくて英語で文章をまとめられなかったとしても「No! My leg! Don't cut! No! No!」みたいな単語を並べただけの片言英語ならできそうなもんなのに、ボート上では一切言葉が通じなかったみたいな供述になっている。
足を折ったのは船員でもシマウマでもないんですよ。実は。
あと、これだけは断固として申し上げますが、虎はウィリアム・ブレイクの虎。「能動性の象徴」です。
「攻撃性・獣性の象徴」とか「パイの邪悪な側面」などと誤解すると、この映画は永遠に解けません。
シマウマを生きながら食い漁ったり、パイにもオランウータンにも見境なしに攻撃を仕掛ける浅ましく残虐なハイエナ。
それに対して、虎は堂々と力強く美しく、恐ろしいけれど目を奪われる(しかもどこかしら憎めない)存在として描かれている点をお見逃しなく。パイは虎を恐れてはいるけれど、でも虎が好きなんです。
W・ブレイクの、虎と子羊に象徴される二元論については、尼様の「ブレイク詩集」のカスタマー・レビューに移動予定。(詩集のレビューとして通用するように書き直さねば)
できれば、Wikipediaでブレイクの概要ぐらいは見ておいていただけますか。ハリウッド映画にも多大な影響を与えている詩人兼画家兼思想家です。
蓮の花(ロータス)のモチーフが何を象徴しているかも、Wikipediaで調べればすぐわかりますよ。
Wikipediaつながりでもう一つ。
「インド-Wikipedia」 目次「9.7 オーストラリアとの関係」の箇所を読んで見てください。
……だからサントッシュ父さんは、コックの「カレー・イーター」の一言にあんなにキレたんです。
ラッセンのイラストのようなファンタジックな映像の数々は、パイの創作を映像化したものなので、いわば劇中劇です。
アン・リー作品自体は現実と地続きの話運び。パイが生まれてから移住するまでの背景を調べると、インドはパキスタンや中国と戦争をしたり、どんどんきな臭い方向に進んでいて、親としては息子が兵役に取られたり、訓練だけでなく最前線に送られるかも知れないというおそれが十分にあったんです。
「移住するのはあなたのためよ」と甲板でお母さんがパイに諭すのはそういう意味です。
それと、この映画の真相は決してimmoralな内容などではありません。テーマ曲から受ける慈愛の印象そのままです。ご安心を。
一番切ないことは、別れを言えずに終わることだ
映画「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」(アン・リー監督)から。
一匹のベンガルトラとともに救命ボートで漂流し、生還した少年パイ。
トラの名は「リチャード・パーカー」と言う。
小さい頃から父親に「トラは遊び友達じゃない、猛獣だぞ」と言い聞かされた。
「動物にも心がある、目をみれば分かるよ」と言い返せば、
「動物は人間とは違う。それを忘れると殺されるぞ、あのトラは友達じゃない。
お前は、トラの目に映る自分の心をみただけだ」ときつく叱られた。
しかし200日を超える長い漂流は、彼とトラとの関係を密にさせる。
「パーカーなしでは僕は死んでいた。
彼への恐怖が緊張感を生み、エサの確保が生きがいとなった」と語るように、
本当に、苦悩をともにしたものだけしかわからない関係になっていた。
そう思っていたのに、パーカーは、振り返りもせず、森へ消えていった。
「生きる力を与えてくれたどう猛で恐ろしい相棒、それが最後の姿だった。
子供のように泣いた。生還して感極まったからじゃない。
リチャード・パーカーがあっけなく去っていったからだ。悲しすぎた。
父のいうとおり、パーカーは私を友とは思っていなかった。
苦難を共にしたのに、振り返らなかった」と大粒の涙が流れた。
最後に、主人公・パイはこう呟く。「私は多くを失った。
家族、動物園、インド、恋人、結局、生きることは手放すことだ。
一番切ないことは、別れを言えずに終わることだ。
相棒は、トラだったが、こう言いたい。『終わった、生き残れたな』、
君は命の恩人だ、愛してるよ、パーカー」
私にとっては、とても切ない映画だった気がする。
物語を紡ぐ意味
少年の語る漂流記は美しくまるで幻想的な詩のようでした。
美しい物語を紡ぐ意味って何だろう。そしてフィクションの意味ってなんだろう。そんなことを映画のラストでぼんやりと考えました。
簡単に言ってしまえば、過酷な現実を乗り越えるため…なのかな。
美しい詩のような話は、彼の凄惨な経験を癒す救いになったのかな。
物語(フィクション)は、何かを救うために在るってことなのかな。
アン・リーは、フィクションが救いになることを証明したくて、この飛切り美しい映画を作ったのかなとも思いました。
<蛇足ですが個人的には、コック役がドパルデューっていうのがもの凄く怖かったです。
ハイエナ=コック=ドパルデューだとすると…。ドパルデューって肉食って感じするもん…。躊躇なさそうだもん。人食い島よりドパルデューから想像する何かの方が余っ程怖かった。そこまで観客に思わせるドパルデューってやっぱり凄い俳優だなと思いました。>
途中まではただの奇麗な映画だと思いましたが・・・
インドで動物園を営む少年と家族が渡米中の船で嵐に遭い、漂流をする話。
中盤から後半にかけて、
ボートで漂流する少年とボートに潜んでいたトラと格闘しながら命を見つめ直します。
CGがとても奇麗で水面の描き方が秀逸。
でも、奇麗すぎて現実味が無く無駄なシーンが多いなあと感じました。
それが終盤でガラっと変わっていきます。
最後の30分で頭の中がぐるりんとまわされたような感覚。
エンドロールが流れている間、自分が見てきたシーンを思い起こしていました。
う~ん、やられた!
という感じです。
”ラスト30分は人に言わないでください。”的な作品です。
面白かった
果たして虎と男がボートに乗っているだけで2時間ももつのか?相当退屈な映画なんじゃないかと思って見に行ったら、そんな心配は全くなく次々と見せ場が訪れる面白い映画だった。
宗教色が強いと言われていて、確かに神秘体験が次々起こるけど、特定の宗教の教義を押し付けるような内容ではなく、広い意味での神の存在を訴えるようなものだった。神秘体験がドラッギーで面白かった。
虎がもたらす緊張感がすごくて、決して心が通い合うわけではなく、油断すると主人公を食べようとするので油断も隙もないのだが、そんな存在と共存しなくてはならない状況というのは、中学のヤンキーと普通の生徒の関係みたいで面白かった。
美しい映像でした
テレビCMを見る限りでは、少年とトラのサバイバル大航海映画と思っていたのですが、内容は全く違っていました。
監督がラスト・コーションのアン・リーだと言う事も知りませんでした。
この映画を観る前に、どうしても知っておかなければいけない事があります。トラに付けられていた名前「リチャード・パーカー」と言う名前の持つ意味です。ホームページに解説されていますので、一読されるのが良いように思います。
映像は素晴らしく、トラや鯨やシマウマやオランウータン、そして、宇宙までもがスクリーンいっぱいに広がります。
しかし、この映画は、ただのイメージ先行のスペクタクル映画ではありません。
トラと共に生き抜いた、ファンタジーと残酷な現実の物語です。
もし自分が同じ立場になってしまったらと思うと、、、?
海に浮かぶミーアキャットの島は、命を助けもするし、又、命を奪う事もするのです。この作品のテーマでもあるのでしょうが、今ある命の犠牲になってしまっている生命。人間は、そうして生きて行くのです。
パイが遭遇した厳しい現実は、生きる意味をもう一度考えさせられます。
妻とも、久しぶりに映画の感想を話し合いました。捉え方は色々ですが、映像の素晴らしさと、エンドロールに流される美しい音楽に涙が頬を伝いました。
あなたなら、どちらの物語を選びますか?そう問われているようでした!
コレもまた予告CMから受けるストーリーイメージが全然違う。
当初、映像美を堪能する為
痛い出費覚悟で
IMAXで観ようと考えてたが、
周りから聞こえてくる
酷評で考えを改め
ポイント使用で3D料金+眼鏡代の
計.400¥で鑑賞。
先に酷評は元より、
とある場所でストーリーや流れを
聞いてしまってたので、そこまでげんなりする程には
至らなかったが…
それでもやっぱり
「あぁ〜あ…」って
感じですな。
CMから受けるイメージは、
パイ少年の成長物語。
しかし中身は
パイおじさんの回想物語。
セキルバーグの
「信じるか信じないかは
アナタ次第!」
って話。
「お゛い゛(怒)」
と。
確かに過去にも
『LIEF OF ○○』
系のタイトルで、
中身は回想物語ってのは
あった気はする。
早く気付けばよかった…orz
2/3(日)
12:30〜
[3D/字幕]
[TOHOシネマズ海老名]にて。*ポイント使用鑑賞。
驚きの映像美
3Dで観たかった。字幕にこだわるあまりに3Dを選択しなかった自分に腹が立った。
僕の中ではアバターを超える映像美でした。動物達や風景など細部にまでこだわりが感じられました。嵐やシロナガスクジラ,肉食島などとても記憶に残っています。
主人公のシャルマくんも名演技でした。多神教になるほど全ての神を崇拝していた主人公が漂流という裁きを受け,神を冒涜したり,反省し崇拝しなおしたりしていく姿は心が引き込まれました。
ただ最後のオチの手前のシマウマと仏教徒の骨折のあたりの話は聴衆に考えさせても良かったのではー。教え過ぎてちょっと残念です。しかし,トラが最後にパイと別れるシーンでなぜトラが振り返らなかったのかはちょっと謎です。理解不足ですみません。もう一度3Dで観て確かめたいです。
「生きる」とは何か
この映画の原作「パイの物語」は既に数多くの賞を受賞している有名な小説らしく、あのオバマ大統領も原作者に手紙を書いたという。
事実、様々な箇所に、小説を原作に持つ映画特有の展開が見られる。ストーリーは、成人したパイがカナダ人小説家に自分の生い立ちを回想という形で話し始める、というのが大まかな骨子である。だから序盤からいきなりサバイバルが始まるわけではなく、開始30分程度は小話が続く。これら一つ一つの話はユーモアにあふれ、見る人を飽きさせない。しかし全体としてみると、映画の中で最も面白いのは当然パイの漂流シーンであり、2時間ちょっとの映画としては小話があまりにも尺を取りすぎている。ストーリー上重要な役割を果たすものもあったが、いくつかは明らかに必要の無いものだった。小説と映画は違う物だから、どのエピソードをピックアップするべきか見極めないと、伝えるべきテーマがぼやけてしまう。まあこの映画に関してその点は心配いらないが。
さて、物語の中核を成すパイと「リチャード・パーカー」の漂流だが、この部分は文句なしに素晴らしい。映像面では3Dを存分に生かし、迫力がありながらも繊細で美しい映像を生み出している。ある意味で主役とも言える「海」は生命を容赦なく奪う存在でありながら、それでいて息をのむほど綺麗だ。とてもCGとは思えないが、特に海の中から映し出された映像は非常にリアリティがある。
そして何と言ってもCGのトラ「リチャード・パーカー」を忘れてはなるまい。目をぎらつかせ、歯を剥き出して吠える様子は本物のトラにしか見えない。時折見せる“感情が宿った”かのような場面でも、ベタに人間臭くならず、あくまで動物としてのトラとしての動きを貫いているから、突飛なはずのストーリーを血が通ったリアルな映画にしている。
主演のスラージはほぼ演技経験皆無の素人とは思えない演技を披露する。3つの宗教を信仰するパイは精神的な存在である神を信じ続けると同時に、サバイバルブックを見ながらなんとか生き延びようとする。スラージは彼自身が持つ生来の魅力により、相反した要素を持つパイをCG相手に演じきった。彼が「リチャード・パーカー」と真っ向から対峙するシーンは圧巻の一言である。
こういった様々な要素が見事に組み合わさったことも大きいが、「ライフ・オブ・パイ」が素晴らしいのはそのテーマにある。このテーマが生きたからこそ、非現実的なストーリーや一見単調に思えるサバイバルに深みが生まれたのだ。
そのテーマは何かと言うと「生と死」そのものである。今まで様々な映画がこれを描いてきたが、そのほとんどは「殺人事件」や「不治の病」など何か別の物を媒介としていた。しかしパイが直面する事態は“生きるか死ぬか”という究極の選択そのものであるのだ。「ライフ・オブ・パイ」だってサバイバルを通しているではないか、と思うかもしれないが一度でもこの映画を見れば私の言いたいことが分かる。
そもそもパイはそこそこ裕福な中流家庭出身だから、普段の生活に置いては生にしがみつく必要が無い。その代わり彼は3つの宗教を通じることで、普段は感じることのできない生命を感じ取ろうとした。そんな彼が海の中に1人(と1匹)放り出されたら、死を待つしか無い。それなのに彼はなんとか異常な環境に適応しようとする。その彼の変化のプロセスが丁寧だから、なんの疑いも無く物語を信じることができる。彼とトラが食料を求めて争うシーンも、その迫力はパイの「生き延びたい」という心が生み出している。まさに「生きる」ことをストレートに見せたのだ。
後半部分で彼が到達するある島も、それそのものは残酷なファンタジーで色塗られているのに、パイの行動がリアルだからただの空想には終わらない。そして自分が遭遇する様々なものたちを“神”によるものとするパイの語りにも、説得力が生まれ、宗教の壁を越えた“神”を観客も確かに感じることができるのだ。
最も素晴らしいのはパイがカナダ人作家にあることを問いかける場面。彼はこの生命力にあふれた美しい話とは別に、血なまぐさいリアリティにあふれたもう一つの「話」をする。こっちの方がいかにも“サバイバル”らしく、普通ならこちらを信じるところだろう。しかもそれぞれの動物が個々の人間に置き換えられていて(はたまたその逆なのか)、ほんの少し話すだけなのに、この「話」にも不思議な説得力がある。
ここで面白いのはパイが「リチャード・パーカー」を自分自身に置き換えている点だ。ここで観客は初めて知ることになるのだが、パイにとって「リチャード・パーカー」とはすべての物事の象徴である。災難、サバイバル、自然の脅威、仲間、家族、そして自分。「リチャード・パーカーがいなければ、生き残れなかった」という言葉に重みがあるのはそのせいなのだ。
それらを知った上でパイはカナダ人作家だけでなく、観客にまでカメラを通して問いかけてくる。「君はどっちの話が良いと思う?」
だが私たちはこの物語から希望を捨てないことを学び、そして感動させられた。どっちが良いかは誰にとっても明白だろう。どちらが正解かなどは関係ない。どちらの話がパイの人生に影響を与えたのか、そして私たちの心をふるわせたのか、それが問題なのだ。
だからこそ物語の締めくくりは、いささか陳腐にも感じられる。だがパイが神の存在を感じて改めて生きること、そして様々なものとの出会いを再認識したというのも悪くない。
実は「リチャード・パーカー」はもう一つ、この「出会いと別れ」も象徴している。終盤パイは静かに涙を流し、こう言った。「人生に別れはつきものだ。だが本当に悲しいのはさよならを言えないことだ。」これほど心を打つ言葉があるだろうか。
(2013年2月9日鑑賞)
振り向かないトラ。
私は2Dで観たんだけど、それでも十分に映像は美しかった。
しかし内容は、何とも神々しい、尊大なテーマを孕んでおり、
無事に着地した?と思われたはずの漂流ファンタジーが、
一気に現実化してしまうラストの衝撃度は、かなり大きい。
原作は知らないし、予告でもやたら、トラ、トラ、トラなので
パイの人生より、リチャード・パーカーに興味津々(計算ずく?)
少年とトラが漂流する物語としてはとても面白い出来である。
だけど、、いやそれにしても、、
何だろう、この鑑賞後に残る残留感と気持ち悪さ。
そもそも、
こんな苦難を目の当たりにした本人が、調査員やライターに
どう話せばいいんだよ?って、そっちの方がムリな話である。
だから、
こういうファンタジーになってるわけね、とこちら観る方も
どこかで納得していかないと、心がついていけなくなるお話。
少年パイと中年パイが、ボロボロ流す涙がそれを示している。
冒頭、まだ幼かったころのパイの物語は温かく、面白い。
なぜその名前で、なぜ家族が動物園をやっていて、なぜインドを
離れなければならなくなったか。
そもそも祖国で順調に暮らしていられれば、こんな災難に遭わず、
パイは頭のいい?パイのまま、あの初恋の女の子とも付き合えて、
動物園を継いで、結婚して、そんな妄想が膨らんじゃうくらいだ。
カナダへの渡航が齎した遭難と漂流が、彼の全てを変えるのだが、
ラストまで観て(聞いて)から思い返すと確かに…
なぜこんなチョイ役で(あのヒトですよ)大物俳優が?と思ったし、
人間ですら為す術もなく沈んでいく貨物船を前に、パイ以外に
あんなに動物が乗り込んでくる(来るんだもんね~アレに乗って)
ボートっていうのもおかしなハナシである(ダメ出しするなって)
肉は食べない、っていうお母さんの台詞も頑なまでに焼きつく。
だがしかし、この時点ではまったくそういう疑問符はわかない。
今作の凄いところは、その、純然たる遭難ファンタジーが壊れず、
最後の最後の最後まで、観るものを美と驚愕の世界へ惹き込んで
離さない(まるでトラに喰い付かれたかのように)ところなのかも。
まぁやっぱり、リチャード・パーカーの魅力に尽きるんだけど。
こんな苦難を経験した人はおそらくいないと思うので(身近にも)
想像のしようがないのだが、
もし今自分が健康で幸せに暮らしているのならば、まずはそれに
感謝して、今後も普通に生活していくんじゃないだろうかと思う。
(中年パイもそんな感じだったし)
あの年齢であんな経験をしながら、自分で自分を成長・納得させ、
過去と決別する勇気(振り向かないトラ)そのものを体現している。
人間は生きるためなら何だってやるさ~!そりゃ(いざって時には)
だけどリアルに経験した者ほど他人にそんなことを語ったりしない。
自分は苦労したとか何だとか言ってベラベラ喋る大バカ者がいるが、
本当に苦しんだ人間ならそんなことは億尾にも出さず相手を助ける。
良い本を書きたい人には、それに沿う物語を語って聞かせられる。
ある意味自己満足にもとれる、絶対信者のような言い回しも多いが、
目を背けたくなる場面をどうすれば神話化できるというのだろう。
あんなミーアキャットだらけの無人島など普通は想像もできない。
島の描写も海の描写も「食物連鎖」を提示して、人間はどうやって
(信仰心や宗教に関係なく)生存していくものなのかを示している。
神々しいファンタジーとして築き上げた、その世界観はお見事。
どうもラストのおぞましさだけが強調されると嫌になるけれど、
その胃もたれ・消化不良は生きていてこそ味わえる不快感である。
あまりにテーマが尊大(一見で分かり辛いのが多い)すぎて、
エンターテインメント性に欠けるのが、アン・リーらしい仕上がり。
(演技未経験の青年とCGのパーカーの演技には恐れ入る、お見事!)
メタファーな解釈も面白い!
映像美や虎とのやり取りなどは、他の方が書かれているので別な視点でレビューします。
虎とパイの話か、それとも最後に明かされた4人の生存者の話のどちらが真実か?という問題ですが、4人の生存者の話を考えてみた場合、シマウマ=仏教徒、オランウータン=母親、ハイエナ=コック、虎=パイになるのですが、虎が最初から登場しておらず、オランウータンが殺された後に登場したこと、また「コックの邪悪さが、自分の悪を呼び起こした」という台詞からも、虎はパイの悪の心を表していると思います。
その観点でその後の展開を観ると、
虎に襲われ、見捨てる事も出来たのに虎の命を救い、虎を手なずけ、最後には虎は森の中へと消えていく、という流れは、
自分の犯した罪に苛まれ、邪悪を否定し捨て去ろうとするが、今生きているのはその邪悪さのおかげだということから、捨て去る事が出来ず、自分の悪をコントロールし、共存することを選び、最後にはあるべき所へと帰っていくという風にも解釈できます。
トラと漂流した227日間は、自分の悪、煩悩、汚れとの対決を描いた実に哲学的、宗教的な映画としても観る事が出来ます。
主人公の神、宗教との関わり、原作者の経歴や専攻を考えると、この解釈もありではないでしょうか?
劇場で見るべき映画
とにかく映像がきれいでした。
トラにいたってはいつの間にかCGである事をすっかり忘れるくらい。
なんといっても映像美に感動。
エンディングがいささか残念でしたが
劇場で見るべき作品ですね。大スクリーンで見てください。
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