ルート・アイリッシュ : 映画評論・批評
2012年3月13日更新
2012年3月31日より銀座テアトルシネマほかにてロードショー
荒々しくも複雑な怒り、痛み、哀しみをあぶり出す巨匠のイラク戦争告発映画
エリック・カントナとコラボレートした前作「エリックを探して」は肩の力を抜いた人情コメディだったが、今回のケン・ローチは息苦しいほどのシリアス調だ。イラクからリバプールに帰還した兵士が、親友の不可解な死の真相を探っていくという物語。ミステリー仕立ての構成と、そこに織り込まれた幾つかのディテールやテーマは、ポール・ハギス監督のイラク戦争もの「告発のとき」に相通じるものがある。
主人公ファーガスと死亡した親友はイギリス軍兵士ではなく、民間軍事企業に雇われてイラクに派遣されたという設定だ。ローチ作品としてはいつになく荒々しいタッチの本作は、戦争ビジネスで暴利を貪る企業の罪深さを痛烈に糾弾する。ところが主人公はいわゆる正義のヒーローからはほど遠く、戦争後遺症を患う情緒不安定な男だ。猛然と真実に肉薄しようとするファーガスは、拉致した“敵”を水責めの拷問にかける。こともあろうに、それまで観客が感情移入していた主人公が残虐な報復行為に走り、戦争の狂気を体現してしまうのだ。
ローチ監督は兄弟同然に育った男たちの少年時代のフラッシュバックを挿入し、永遠に断ちきられた友情の耐え難い喪失を描いた。そして同時に、もはや素朴な一庶民に戻れぬ戦場帰りの主人公のやるせない哀しみと、すべてが自分に跳ね返ってくる怒りと憎しみの虚しさを映し出す。本作が単なる告発調の社会派懲悪劇にとどまらないことは、救いのない結末とともに沸き起こる“複雑な余韻”が証明している。
(高橋諭治)