劇場公開日 2012年7月14日

苦役列車 : 映画評論・批評

2012年7月3日更新

2012年7月14日より丸の内TOEIほかにてロードショー

過酷な現実から身を守る程度にタフであれ、したたかであれ

底辺を生きる卑屈な青年が、軽やかにアレンジされた労働歌「線路は続くよどこまでも」とともに動きだし、不器用に彷徨する。酒でむくんだ顔でくだを巻く森山未來が、山下敦弘ワールドに置かれたとき、不思議な現象が起きた。原作にあったダメ男をとことんキャラクター化する自虐の可笑しみを超え、誰のなかにも在る動物的な本性が普遍化されて、愛おしいまでの存在に昇華した。

バブル期の都会の裏の顔。しかし、ことさらに時代性に言及しないことで豊かな解釈を生む。自堕落な生態が、失われた健全な青春の闇に思えてくるのだ。森山未來が体現するリアルは、今への大いなるアンチテーゼになり得ている。生きるとはまず、肉体という厄介な生理を維持することだ。腹を満たすために働き、頭を刺激するべくタバコを吹かし、心を紛らわそうとアルコールを浴びて、性の捌け口を求め悶々とする。欲望に忠実で金にルーズでも、働かないという選択肢はなく、生活保護になど救いを求めない。妬みは激しく悪態をついて疎まれるが、誰でもよかったとつぶやいて社会を逆恨みするなどという愚行は犯さない。どっこい、それでも生きている。

原作にないエピソードが効いている。風俗嬢しか女性を知らぬ青年は、前田敦子が下着姿で海へ走り出す様を目の当たりにしてもなお、友達でいられるのか。歌手の夢を諦めかけた同僚マキタスポーツがカラオケのマイクを手にするとき、主人公に向上心のスイッチが入る。逃げて生き延びる物語ではない。過酷な現実から身を守る程度にタフであれ、したたかであれ、と本作は語りかけてくるかのようだ。希望はその先に仄かに見えてくる。

清水節

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