劇場公開日 2013年3月23日

だいじょうぶ3組 : インタビュー

2013年3月21日更新
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乙武洋匡氏、「大好きな」廣木隆一監督へ寄せる絶大な信頼感

乙武洋匡氏が、自身の教員経験を基に執筆した小説「だいじょうぶ3組」が映画化され、自ら新任教師・赤尾役で俳優デビューする。原作と「俳優・乙武洋匡」にひかれたのが廣木隆一監督。オーディションで選んだ28人の子どもたちにはクランクイン当日に初めて乙武氏を会わせ、その生の反応を起点としてひとつのクラスが形成されていく過程を順撮りで丁寧にカメラに収めていった。教諭時代を追体験した乙武氏は、撮影を経て廣木監督に対する信頼度、好感度が急上昇したと笑顔をはじけさせた。(取材・文・写真/鈴木元)

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小説「だいじょうぶ3組」について、乙武氏はかねて映像化を念頭に置いて書いたと語っている。その夢の実現には手放しで快諾したが、よもや自分が演じる立場になるとは露ほども思っていなかったようだ。

「そうきたかあ、みたいな(笑)。普通に役者さんが演じてくださって、最近はCG技術が発達しているので後で手足を消してもらえるのかなと思っていたんです。でもそうもいかなかったみたいで、そうなると確かに僕しかいない。無理だと思ったんですけれど、映画化と僕の出演はセットだと言っていただいて、迷いはあったものの映画化したい気持ちの方が大きかったので、もうやるしかないなと覚悟を決めました」

このキャスティングに妙味を感じたのが廣木監督だ。

「ドキュメンタリーではなくドラマとして構築していくわけだから、それを乙武さん本人がやるのはチャレンジだと思った。僕に声がかかって、それに乗っからない手はないじゃないですか」

生まれつき両腕両脚がない先天性四肢切断という障害をもつ赤尾が、東京郊外の小学校に5年3組の担任として赴任。子どもたちと真摯に向き合い、信頼関係を築き1人の教師として成長していく様子が、幼なじみの補助教員・白石(国分太一)の視点で描かれる。乙武氏が2007~10年に、杉並区立杉並第四小で教べんをとった体験がベースになった物語だ。

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廣木監督は「撮影に入る前は、この映画はこうだからと熱く語ることはなく、探ってどんどん構築していくタイプ」。そのため、撮影前に作品や赤尾について綿密に打ち合わせたことはなかった。“新人”の乙武氏にとっては不安だったのではと思いきや、意外とすんなり受け入れたようだ。

「映画ってこうだという概念がないから、何も言われないことに対する驚きが少なかったんです。こういうものかなあっていう。それが良かったのかもしれません。演技をするというより、もう1度新しい学校で新しいクラスを担任するという気持ちで撮影に臨みました」

そして迎えたクランクイン。廣木監督は、子どもたちが乙武氏を初めて見たときの衝撃を撮ることにこだわり、実際の撮影まで先生と生徒を対面させなかった。だが、赤尾はその好奇の視線を真正面から受け止め、さらに28人の名前を名簿も見ずに言わなければならない。乙武氏にとっては計り知れない重圧のかかるファーストカットだ。

「挨拶も事前の顔合わせもなく、控え室も動線も別々という徹底したこだわりぶりだったので、僕がそこでNGを出したら段取りが台無しになるわけだから、プレッシャーは大きかったですね」

そのファースト・インパクトを無事に乗り切り、撮影は順撮りで行われたが、とにかく子どもたちは「全員(言うことを)きかない」(廣木監督)。1シーン1カットごとにスタッフがなだめ、すかしながら状況に応じてセリフを差し込むなど、臨機応変に進められていった。それでも乙武氏は、つぶさに変わる対応を楽しんだようだ。

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「子どもたちが自分の中で考えながら、言葉にしたり行動に移していくんです。台本にない言葉が次々に出てくるので、僕も台本にない対応をしていく。そういうアドリブに、自分自身も教員時代を思い出しながら対応していくのは、ちょっと面白かったですね」

だが、子役たちも演技経験が豊富なわけではなく、常に一発OKとは限らない。同じカットでも角度を変えて繰り返し演じることも求められる。そういう意味で廣木監督もプレッシャーを感じ、乙武氏も同じ芝居を何度も行う苦労は感じたようだ。

廣木「乙武さんと子どもたちが最初にやる芝居が、やっぱり一番いいんですよ。自然に泣いていたり、反応したりするんだけれど、それを撮らなきゃいけないんでね。1人1人にカメラを置いておかなきゃいけないくらいだから、2回、3回とやってもらう時は、その度に感情を思い出してもらわないといけない。普通、そんなことはやらないんで大変だったと思いますよ」
 乙武「これまでは、ドキュメンタリーや報道が多かったので一発勝負。同じシーンを角度を変えて何回か撮るということになじむまでは、1回目の演技で感情を使い果たしてしまっていたので、ああどうしようみたいなことはけっこうありました(苦笑)」

そういった状況で大きな支えになったのが、主演の国分の存在。これまでに接点はなかったが、幼なじみで強いきずなで結ばれているという設定のため、初顔合わせに際し「初対面で失礼だとは思いますが、あえてなれなれしく図々しくいきます」と手紙をしたためた。

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「後になってみると、そんな手紙も必要がなかったと思えるくらい、本当に最初から意気投合することができて、別々の控え室を用意していただいたのに、いつも同じ部屋で弁当を食べたり、おしゃべりをしたりして打ち解けられました。演技の面でもすごく助けられましたね」

同時に子どもたちとも徐々に信頼関係を築き、やはりクランクアップ時は寂しさが大きかったという。そして楽しみだったという完成した作品は、思いのほか冷静に見られたそうだ。

「顔から火が出るような思いをするんだろうと覚悟しながら見に行ったんですけれど、いざ始まったらすごく客観的に見られて、エンドロールで『原作:乙武洋匡』と出て、そういえばこれ僕が書いた作品なんだって、あらためて我に返るくらいだったんです。子どもたちが出会いのシーンで驚き、とまどい、そこからだんだん信頼関係が芽生えて、最後には子どもたちが自発的に先生のために何かしたいと思えるようになる変化、成長が原作より伝わっているのかなって感じました」

くしくも国分も客観視できたという。さらに、共演の安藤玉恵や渡辺真紀子もツイッターで同じようなつぶやきをしたというから、それだけスタッフ、キャストの気持ちがひとつにまとまっていた証(あかし)ともとれる。

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そんな映画俳優体験を通して、乙武氏の廣木監督への“愛”は大いに高まり、「僕が女だったら、廣木さんのことを好きになっている」とまで言い切った。これまで廣木作品の出演者(特に女優)からは「監督に追い込まれた」ということをよく聞いたが、乙武氏は厳しくされたことがなかったという。

「多分、廣木さんはそっけなく見えるんですけれどすごく優しくて、本人は否定するかもしれないけれど愛にあふれている。だから悪ぶりたい気持ちがあるかもしれないけれど、それを隠しきれない優しさが伝わってきちゃうので、こっちも好きになっちゃうんですよ」

最大級の褒め言葉を照れくさそうに聞いていた廣木監督も、ペンを止めていた筆者に「書かなくていいんですか?」と指摘。これもまた照れ隠しだろうが、うれしさが如実に伝わってくる。2人の同時インタビューは初めてだったそうで、ワクワクしながら話す乙武氏を優しいまな差しで聞いている廣木監督という構図は、撮影現場の縮図にも感じられた。

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