「勝者のいない闘い」裏切りのサーカス 小二郎さんの映画レビュー(感想・評価)
勝者のいない闘い
原作者ジョン・ル・カレの文体と、トーマス・アルフレッドソンの映像はよく似ている。
ル・カレは本筋とあまり関係のないエピソードでも詳細に執拗に描写する。溢れるばかりの情報に本筋が埋没していく。(だから難解だといわれるのだと思う。)
アルフレッドソンの映像もワンカットに収められた情報量が異常に多い。俳優の台詞や動きだけではなく、壁にかかった絵など小道具にまで深い意味が込められている。始まりからラストまでみっちりと詰った映像は、まさにル・カレ節だと思った。
全体的に硬く冷たい石のような映像だったが、突如として熱くなるシーンがある。
トム・ハーディが演じるリッキー・ターのパートが熱い。
敵方の女スパイと恋に落ちるター。
「恋に落ちてる場合じゃないだろう。スパイの任務に集中しろよ。
人を欺き欺かれてきた百戦錬磨の工作員が、いとも簡単に一目惚れするなよ。」
そんなツッコミを入れたくなる程の、揺るぎないターのパッション。
職務から逸脱した激情。嘘にまみれた男が見せる、真実の愛が切ない。
マーク・ストロングが演じるジム・プリトーのパートも眩しい。
愛する人が裏切り者だったプリトー。
「裏切り者が誰か最初から気付いてたでしょ。
気付いてたんなら、組織のためには告発しなきゃダメでしょ。」
そんなツッコミを入れたくなる程の、プリトーの一途な愛。
組織を守るというスパイの大義よりも、彼は報われない愛を選ぶ。
男たちがスパイ本来の大義・職務・本分から逸脱したとき、この映画は信じられない程の輝きを放つ。
そしてこの物語の本質は正にそこにある。
国と国との威信をかけた闘いに主眼を置いたのではなく、そこからこぼれた個人の激情・真情・矜持、個人の尊厳に主眼を置いたからこそ、深い感動を喚ぶのだ。
スマイリーの苦悩もそれが核となっている。
敵の黒幕カーラの狡猾な仕掛けによって、スマイリーの妻アンは利用され汚されてしまう。心の奥底の一番繊細な部分を踏み躙られてしまう。
非情な仕掛けだが、カーラとってはスパイの作戦・職務としてやったまでのこと。
スマイリーも自分の組織を守るという大義のためなら、相手の一番弱い部分を攻めるだろう。個人の尊厳を踏み躙るだろう。彼自身がそれを知っているからこそ、苦悩するのだ。
この物語には勝者がいない。誰もが何かに傷つき愛する者を失っている。
映画のラストに流れる曲「La Mer」の歌詞が切ない。
「汚れなき美しき海よ
どうか愛を歌って
私に生きる力を与えておくれ」
スマイリーは「生きる力を与えてくれる何か」を守るために闘っているのかもしれない。
<追記>
原作ファンの個人的な好みを言えば、トム・ハーディにはジェリー・ウェスタビー役をやって欲しかった。彼の「スクールボーイ閣下」が観たかった…。