「人質解放作戦の帰趨もハラハラドキドキの連続で抜かりはなかったものの、本作の真価は、主人公の心理描写が素晴らしかった」アルゴ 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
人質解放作戦の帰趨もハラハラドキドキの連続で抜かりはなかったものの、本作の真価は、主人公の心理描写が素晴らしかった
本作は、1979年イランで起こった米国大使館人質事件を題材にした実録サスペンスです。20年前に起こった事件なのに、先日のカイロの米国大使館を彷彿させて、昔の出来事とは思えない緊迫感を感じさせてくれました。カイロでは犠牲者が出ただけに、イランでの米国大使館襲撃で、誰も死者が出なかったことが奇蹟に近いと思います。
アフレック監督は、当時の映像をふんだんに使い、まるでドキュメンタリーのように、いやもっと生々しく、タイムマシーンで当時の報道番組を見ているかのように、忠実に事件のあらましを再現していました。そのこだわりは凄まじくも、エンドロールで綴られる当時の本物の写真と本作の比較するシーンでは、登場人物も、背景となる街角も、描かれるエピソードも、かなり精巧にそっくりに再現されていることに驚かされました。
そのこだわりになかに、アフレック監督が映画製作にかける熱いパッションを感じずにいられません。抜群の臨場感ときめ細かいストーリーテーリングを堪能しました。お勧めの作品です!
さらに事件のあらましの全体像を進めつつ、個々の登場人物の心理描写にも手抜かりがないことが、アフレック監督作品の演出の凄いところなんです。本作でも特徴的なのは、主人公のトニー・メンデスのエモーショナルな心の動き。人質救出の発案から実行まで、全てトニーが軸になって活躍するので、その部分だけでも充分なのに、伏線として彼の個人的な家庭事情も挿入。妻や愛する息子と別居状態にありながら、命がけのの任務に赴かなければいけない葛藤の表現が素晴らしいのです。自分はこれから死ぬかもしれないというのに、その大事なことすら、愛する家族に伝えられないことがいかに辛いことか!
人質解放作戦の帰趨もハラハラドキドキの連続で抜かりはなかったものの、本作の真価は、トニーの誰にも語れない孤独なこころの描写に尽きると思います。だから、任務が終わって、国家から内密に勲章が授与されることになっても、それよりもトニーのこころが動いたのは、いつもと変わらない平穏な家族との再会だったのです。
妻や息子からすれば、パパがどんなに危険な仕事を終えてきたのか知らないわけで、そこだけ見る分には、何気ない普通の出来事にしか見えません。しかし、トニーと共に過酷な人質救出作戦を一緒に体験してきた観客としては、息子を抱きしめるトニーの深い安堵の表情に感動を禁じ得ない訳ですね。小地蔵なんて、目がウルウルしっぱなしでした。
どんなに過酷なクライム・サスペンスを描いていても、決してロマンティック・ドラマを忘れないのが、アフレック監督の真骨頂なのだと思います。
物語はカナダ大使邸に身を潜めた大使館員6人を救うため、CIAの人質救出のスペシャリストであるトニーが呼ばれます。散々既存の対策案を批判するトニーだったのですが、彼にも有効な対策が全く思いつかなかったという実情には驚きました。
時間だけが空しく過ぎていくなかで、イラン政府はシュレッダーにかけた職員名簿を、国内の児童を総動員して、人海戦術で復元していきます。このままでは、6人が大使館から逃げたという事実が明るみに出るのは時間の問題ということが描かれて、ストーリーは次第に時間と争うクライム・サスペンスと化していくのでした。
さて、奇想天外なニセ映画計画は、どのようなきっかけで誕生したのでしょうか。確実でいて、微妙さを大切にするアフレック監督は、手抜きせず描いていきます。
専門家のトニーでなくてもずさんに思える政府の救出案の議論。それだけにトニーの苦悩も深まるばかりでした。だからこそ、人質救出作戦のアイディアを思いつくひらめきの瞬間は、なかなかの名シーンだと思います。ネタバレすると、息子の勧めでテレビ放映されていた『猿の惑星』を見て、これだと偽装を思いつくわけです。それにしても要所で、家族との関係をぬかりなく絡ませてくるのですね。
トニーは、『猿の惑星』の特殊メーク担当者であるジョン・チャンバースを訪ねて、レスター・シーゲルというプロデューサーを紹介してもらいます。このふたりがタッグを組んで、ニセ映画の実務を担っていくことになります。ふたりの会話は実に愉快で、自分たちの映画作りを卑下するブラックユーモアに富んでいました。だから、ふたりと打ち合わせのため、トニーがハリウッドに滞在するシーンは、人質事件の緊迫感とはまるで別世界の脳天気さ。アフレック監督は、深刻化する人質事件とまるで緊迫感のないハリウッドを交互に描き、対比。ニセ映画作戦のあり得なさを際立たせるのでした。
トニーがイランへと足を踏み込めば、ドラマは再びシリアスな展開へと戻っていきました。
本国では、派手な記者発表を開き、それに基づく記事が各メディアで出て、イラン当局の撮影許可も取れるなど、偽装映画の仕込みは順調に進んでいきます。しかし、実際に現地に入って、カナダ大使館に潜伏する6人を、ロケハンクルーとして偽装し、連れ戻す作業を担当するのは、たったひとりトニーの仕事でした。現地でバレたら命はありません。 出発前夜のトニーが悲壮感を浮かべるシーンも、なかなかいい演技でした。けれども弱腰の政府は、直前になって計画を撤回。現地に入っていたトニーに帰国命令を出します。6人の帰国に必要な航空券も、ドタキャンされてしまいました。
絶対絶命のピンチに立たされるなか、それでもトニーは独断で計画を強硬しようとします。同時並行でイラン当局は6人の存在に気付き、カナダ大使館を捜査。ニセロケハン隊の行方を追い始めるのです。そこからは秒単位での紙一重なすれ違いシーンの連続で、ドキドキハラハラのしっぱなし!クライマックスとなる空港での手に汗握るスリリングな出国シーンが、とにかく圧巻でした。飛行機が離陸する瞬間まで、あわやと思う感じだったのです。