「B級のテーマから生まれた奇跡の作品」リンカーン 秘密の書 のろくさんの映画レビュー(感想・評価)
B級のテーマから生まれた奇跡の作品
「リンカーン大統領の吸血鬼退治」と聞いて、「またどっかの名作便乗ホラー映画か」と思った貴方は正常である。一度でもビデオショップに行ったことがあるなら目にしたことがあるだろう数々の便乗作品たちーー低予算で急遽作られたいろいろと荒い点が目立つ愉快でバカバカしい作品たちのことだ。
この「リンカーン/秘密の書」もその一つだろうか?
答えはNOであり、ややYESだ。
脚本家が自著のプロモーションで書店巡りをしていた際に、リンカーン生誕200年で出されたリンカーン関連書籍とその横に陳列されていた当時ブームのヴァンパイア関連書籍から着想を得たこの作品は、2つのブームの便乗作品といえるだろう。「史実の人物」と「吸血鬼」。このテーマからして極めてB級だ。「みんなのヒーロー、人民の父、大統領エイブラハム・リンカーンが、若き日は夜な夜な斧をぶんぶん振り回して吸血鬼退治!」なんてB級ホラーか学生の自作小説かTRPGのキャラクタ設定だろう。どう頑張っても大作映画のテーマではないし、ビデオショップで見かけたら戯れに借りて寝る前にビールでも飲みながら見る(そして途中で寝る)作品であり、一部の好事家向けの一作だろう。
だがこの製作陣は違った。シリアスに、真面目に、誠実にこのバカみたいな話の映画をよってたかって作り上げた。創造的なコンテとアクションをする監督や、美麗な画作りをする撮影監督、印象的かつ精巧な特殊メイク、画面に映らないところまで役作りをする役者、史実と創作を繊細に織り込む脚本などなど。これらのプロが惜しげも無く注力した結果、本作品は独特の緊張感を生むことに成功している。ヴァンパイアとの戦いのシーンでは手に汗握り、恋物語のシーンでは微笑ましく、辛く悲しいシーンでは胸が締め付けられ息を飲む。B級映画の「食らえ!これがB級映画だ!」という姿勢とはまた違った「食らえ!これがB級のテーマの"映画"だ!」という志が感じられる非常に挑戦的な作品だ。
本作は、非常に見た人の感想が別れる作品であることも確かだ。ホラーを求めている人にはホラー分は薄く(ホラーの作法であるタメが短かいなど)、アクションを求めている人にはティムールアクションが合うか合わないか(ハイスピードカットや画面の作りでややアクションが把握しづらい)があるし、映画の長さに編集する過程でシナリオがやや駆け足になってしまっている。そのため娯楽映画としてのスカッとした視聴後の感覚も得づらいかもしれない。
しかし、エイブラハム・リンカーンという人間の苦悩と成長と思いが、吸血鬼という存在を追加して再編成され、史実とはひと味違った輝きをもって魅せることに成功しているし、人という儚い命と吸血鬼という永遠の命の存在の絆のあり方にも特筆すべき解答を出している。
馬鹿げたテーマの作品ではあるが、B級化け物退治映画の歴史と、人と人外の絆を描いた作品の歴史にその斧で一撃を食らわせた意欲作としてこの作品を是非見て頂きたいと強く願うおすすめの作品だ。
余談ではあるが、あまりに意欲作過ぎて各所からズタズタに批評されたことにより傷心状態の脚本家の音声解説が特典として収録されている。傷心のあまりテンションが低過ぎて笑えない自虐ギャグを発したり、気に入ってる部分になるととたんにテンションが上がって脱線したりするので、本編とはまた違った暖かい気持ちになるのでこちらもおすすめだ。