「本当の怖さとは、本作の住本のような不気味な愛想笑いにあると感じました」外事警察 その男に騙されるな 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
本当の怖さとは、本作の住本のような不気味な愛想笑いにあると感じました
何という全編を覆う緊迫感なのでしょうか。内面を読み取れない主人公住本の不敵なキャラクター。加えて、浪花節に泣けてくる登場人物が抱えた親子の葛藤が見せるエモーショナルな感情表現。さらに裏の裏を取り合い2転3転していくストーリー。それらが相まって、パーフェクトなサスペンスに仕上がりました。2時間を濃密に楽しませてくれます。実際に中国大使館書記官のスパイ疑惑が発覚したから余計に強く感じました。
本作は、国際テロ防止を任務とする、外事警察の活躍を描いたテレビドラマの映画版。朝鮮半島からウランが、日本では起爆装置の技術が盗まれるところからドラマの幕が切って落とされます。
日本に核テロの危機が迫っていると認識した当局は、ひとりの閉職に追いやっていた男を捜査の現場に復帰させました。その男とは“公安の鬼”と恐れられた住本(渡部篤郎)。住本は、任務のためなら犠牲も脱法も、どんな手段も厭わず、一般人さえ利用してしまう警察官としてはあるまじき危険人物だったのです。
でも住本は、強面の公安捜査官の地顔を絶対に表面には見せません。まるでホテルマンのように、満面の笑みをたたえ、腰を低くしながら、穏やかマルタイとなる工作対象者を揺すり、脅し、買収しようとするのでした。
ニコッと笑って、自分のいいなりにマルタイを落とし込んでいく方が、何を考えているのか、どんな手を繰り出してくるのか分からないぶん、強面よりもよほど恐ろしいのだとつくづく感じました。
住本は、朝鮮半島での核開発の全貌を知る技術者で、行方不明になっていた徐の行方を突き止めます。彼は日本で原子力技術の最先端を学んだ在日二世の科学者。テロリストたちの手に落ちれば核爆弾が容易になっていたところでした。
徐を連れ戻す工作活動の描写は、外事警察がどんな任務を帯び、どんな捜査活動を行っているのか丹念に描かれます。その中で内閣機密費が湯水の如く使われているのには驚きました。なかなか帰国したがらない徐に、住本は生き別れとなった娘との再会を切り出します。何の根拠もなくハッタリで娘との再会を約束してしまうところが住本の真骨頂でしょう。
ところで、北朝鮮から核爆弾の燃料が元軍人によって持ち出されて、テロリストに売り飛ばして大金獲得を目指すという話は、現在の北朝鮮の経済事情から考えると充分にあり得る話です。日本にとって、北朝鮮が核弾頭を完成させることばかりがクライシスではなかったのです。北朝鮮からの核攻撃の危機だと、スケールが大きすぎて、住本が対峙するには骨董無形になったことでしょう。事件のスケールが、ちょうど外事警察のマターにぴったりの設定なのがしっくりきます。
それでも本作は、国家レベルのたくらみが、個人の日常生活と背中合せに進行していることをリアルに浮き彫りにしていきます。そのなかで関わる住本や韓国のスパイですら、国益を振りかざす自国の官僚の余りの独善ぶりに、自らの内なる良心としての正義感との狭間で揺れるのです。個人の尊厳と官僚たちのいう国益とが相克した場合どちらが大切なのか。国家レベルの問題と個人レベルの問題が不可分に繋がっている重層性が本作の魅力だと感じました。
一方住本の部下たちは、奪われた起爆装置の技術の行方を追ってとある韓国系の貿易会社を張り込んでいました。そこで住本は韓国人の社長夫人果織に目をつけて、夫が北の工作員だった過去を突き付け、協力者に仕立て上げようとします。その手口、落し方は実にリアル。“鬼の公安”と呼ばれた男の真骨頂を見せ付けられました。
果織が抱える過去の全てを暴き出し、多額の借金の救済から、果てはかつて娘を置き去りにしたことや、娘の対するトラウマの元にある自らもかつて親に捨てられて孤児になったことまで持ち出し、心理的な葛藤で揺すぶりをかけることでつけ込もうとするのです。 女性の部下の松沢は、余りの住本の仕打ちに、反発します。しかし住本は涼しい顔で、こう言い放つのです。「怒りの感情こそ利用して、相手をコントロールしろ」と。常識では考えられない発想でも、住本が語ると凄く説得力を感じました。
とにかく葛藤をえぐり出させる果織の感情の爆発。対峙する住本は果織の怒りを夫に向けさせよう巧みに誘導質問に乗せていくポーカーフェイスぶり。本作の核心に迫るふたりが感情が激しくぶつかり会うシーンは、本作の中でも必見の名場面でした。
ドラマの展開はこの果織と徐が親子関係にあるかのように接点となるエピソードを加えていきます。終盤には住本がふたりの関係の遺伝子鑑定書を用意して、徐に見せ付けます。果たしてこれは住本が仕掛けたトリックなのか?その真実は駆け足で明かされ、危うく見すごしそうになるのでご注目を。
ラストでは、舞台は韓国に変わり、日本政府の日和見によって、住本は公安の身分を再び免職されて単身渡韓することに。国益のために闘ってきたはずの住本を突き動かすものとは何か、そしてそんな住本に、自国の方針に逆らってまで協力する韓国の諜報機関員の思い(それまで散々住本の捜査の妨害ばかりしてきたというのに)も加わり、国益とは何か考えさせられる展開でした。そしてヤマ場となるテロリスト一味との全面対決に。派手なアクションが炸裂するばかりではありません。
そこには、テログループと韓国情報機関NISと組織から離れた住本のみすくみの対決と二転三転する真相に画面に釘付けとなりました。もう一気に張り巡らされた伏線が収斂されていくのです。
クライマックスの徐が核爆弾をなぜ仕掛けたのか、そしてそれをどう止めるか大満足の結果でした。
本作では、果織役の真木よう子、平和ボケ発言を繰り返す内閣官房長官役の余貴美子、そして住本の部下の松沢を演じる尾野真千子らがそれぞれ感情を顕わにする力演を魅せています。でも何と言っても凄いのは、住本役の渡部篤郎でしょう。気は早いけれど、日本アカデミー賞主演男優賞ノミネートは確実なほどの、怪演なのです。
家族にさえ仕事の内容を明かさない深い孤独を抱えつつ、さらには身内も平気で騙す冷徹さも持ち合わせながら、表の顔はあくまでニコニコとした仏面なんですね。それでいてぞっとさせる圧倒的存在感を作り上げていました。
またカメラも登場人物に密着するかのような撮り方で、リアルティを感じさせてくれました。彩度を落とした色調も緊迫感を高めるために効果的だったと思います。
日本では珍しいスパイアクション。。「日本にはスパイ罪がないからなあ」と嘆いた検察幹部がいたそうです。取材に基づく原作が描く実態に、ぜひ危機感を感じて欲しい作品です。そして、こういう外事警察が機能しなければ、いつ何時日本が核テロや、核戦争の標的に晒されかねないという現実に触れていただき、一日でも早く憲法九条の改正に立ちあがっていただきたいと思います。