劇場公開日 2013年5月18日

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「孤高のじいさん、NYを行く」ビル・カニンガム&ニューヨーク 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0孤高のじいさん、NYを行く

2013年8月2日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

笑える

楽しい

知的

ビル・カニンガムという方については名前も知らなかったし
そもそもファッションというものに全く疎い自分なのだが、
どこかで予告編を観て気になっていた作品。
NYタイムスのコラムにて長年に渡り、街角で見かけた人々の
ファッションを発信し続ける、ファッション業界の生ける伝説
ビル・カニンガムの姿に密着したドキュメンタリー。

NYの街中を自転車で疾走し、気の赴くままに
通行人の写真を撮りまくる白髪の老人。
来ているのはブルーの清掃員服。
雨天時に着るコートはテープで補修したズタ袋みたいな代物。
食事は安いジャンクフードばかり。
暮らしている場所はまるで屋根裏部屋みたいなスペースだし、
寝床の他には写真保管用のキャビネットしかない。

知らない人間からすれば、汚い身なりで写真を撮りまくる
ミョーに陽気なジイ様にしか見えないのだが(笑)、
恐れ多くもこのお方がビル・カニンガムご本人。

業界関係者は次々にカニンガムへの賛辞を口にする。
「彼の撮ったファッションは半年後にブランドとなる」
「彼の記事は服飾史において極めて重要な資料だ」
エトセトラエトセトラ。
米版『VOGUE』の編集長アナ・ウィンターをもってして、
「私は彼の為に服を着てるのよ」と言わしめるほどの男。

彼の生き方は究極的にシンプルだ。
美しいと感じたファッションを写真に撮り、伝える。それだけ。
前述の通り、この方は自分の道を追求するための
ホントに最低限の生活しか送っていない。
さらには公平な視線で写真を撮る為、企業からの報酬は
受け取らないし、写真撮影の為に招待されたパーティでも
提供される豪華な食事はおろか、一杯の水すら口にしないとか。

自分の追い求めるもののためとは言え、
ここまでストイックに生きられるものなのだろうか?
この人の姿勢や情熱はもはや昔の詩人のそれに近い。
心を動かす一瞬を切り取る手段が文字かフィルムかの違いだ。
カメラマンと呼ぶより芸術家と呼ぶ方がしっくり来る。

彼にとっての美しさの基準はどうやら、
その人のファッションが個性的であること、自然であること、
すなわち『その人自身であること』を重視しているようだ。
それを満たせば一般人でも社交界の大物でも分け隔てなく撮る。

自分の求めるものに対してブレがない。妥協もしない。
世で天才と言われる人間って、才能や運も味方に付けている
とは思うが、何より妥協しない人間の事なのかも。
(本作は『風立ちぬ』観賞後にハシゴ見したのだが、
なんだか共通しているものを感じられて面白かった)
自分の道を見据えて前向いて生きてるヤツは
滅多な事では折れないし、カッコいい。

けれどこうしてレビューを書いて思い出した事がある。
「宗教はあなたにとって重要か」という質問に、一瞬涙ぐむカニンガム。

ひょっとしてだが……
彼は『妥協しない』のではなく、ファッションへの想いが
あまりに純粋で強過ぎて、『妥協できない』のではないだろうか?
自分の追い求める物の為だけにストイックに生きてきた彼の人生は
一見とても陽気で羨ましいものに見えるし、
「仕事ではない。喜びだ」と語る彼の言葉も真実だとは思うが 、
一方で彼の人生は、家族や恋などを犠牲にしてきた人生でもある。

家族と共に通った教会に今も懺悔に通うのは、愛する家族に
申し訳ないと思う気持ちがあるからなのだろうか。
それとも孤独を埋める為の救いを宗教に求めているのだろうか。
分からないが、いずるさんもレビューされている通り、
そこは他者が踏み込んで良い領域では無いのかもしれない。

どちらにせよ生半可ではない生き方をしているこの御代。
名声を得ている人は、それに見合うだけの情熱と信念を
持って生きてるって事だね。少しは見習わねば。

以上!
かなりかなり楽しませてもらいました。秀作だと思います。
ところで、ビル・カニンガムが語る言葉のひとつひとつが実に
粋(いき)で示唆に富んでいて面白い。
ここで書くと更に長文になってしまうので
そこは是非とも作品を観て確かめてくださいな。

〈2013.07.20鑑賞〉

浮遊きびなご