「ほんとうに痛みの伴うヴァイオレンス、そしてクライム・ストーリー。」ドライヴ 梅薫庵さんの映画レビュー(感想・評価)
ほんとうに痛みの伴うヴァイオレンス、そしてクライム・ストーリー。
男は車の修理工、そしてパートタイムでハリウッドのスタント・ドライバーをしている。だが裏では、強盗犯逃走専門のドライバー、「逃がし屋」。ある日同じアパート住む母と子と知り合う。束の間の幸福な日々。だが刑務所に入っていた彼女の夫が出所して、事態が一変する。更生しようとする夫に、再び強盗をさせようとする組織、そのいざこざに「逃がし屋」の男が巻き込まれて……。
無粋で全編にわたって緊張感に縛られる映画だが、いい場面はいくつもある。
例えば、前半の主人公とヒロインがスーパーで初めての出会って、彼女のアパートに行くまでの場面。頑な主人公の心が解れていくようすが、ヴァイオレンスが主題のこの映画のなかでは、ちょっとした場面だが、実に微笑ましい。逆に、組織の殺し屋がモーテルにいた男を襲撃する場面(ここはペキンパーの「ゲッタウェイ」でスティーブ・マックイーンとアリ・マッグローがホテルを脱出する場面を、すこしばかりだが彷彿とさせる)。逆襲する男の怒りと非情さが圧倒的な迫力で、スクリーンを覆い尽くす。また別の殺し屋と、エレベーターで鉢合わせになった場面。2人のキスシーン(ここ映画唯一のラヴシーンといっていい)を長いスローで観せたあと、男が殺し屋を踏み殺すシーンが連続する。男の暴力性に唖然とするヒロインと、その秘密を知られてしまった男の関係が、まるで砂の城が一気に崩れ落ちてしまった描写は魅せてくれる。
魅せてくれるわけは、台詞で登場人物の心境や場面の状況を語らせず、表情でそれを表現しているから。編集や場面の繋ぎのリズムは、おそらく北野武のそれに大きな影響を受けている、といっていいだろう。前半の暫く続く静かで幸せな場面も、後半の圧倒的にヴァイオレンスが支配する場面も、そんなリズムが支配しているから、観ている側は、北野の映画が好きならば、感情移入もし易い。
この映画には、北野の一連の作品や「GONIN」(1995)の石井隆からの多大なる影響が観て取れるし、彼らの映画を観ていれば、そんな目新しさも感じないかもしれないが、そこは登場人物たちの性格設定と、それと何よりロスアンゼルスという街の魅力に惹かれるからだろう。
とくにライアン・ゴズリング演じる男、名無しの「ドライバー」は、柔和な顔つきからは想像できないタフでエキセントリックな役柄を熱演している。ちょうど舞台設定が酷似しているウォルター・ヒル監督の「ザ・ドライバー」(1978)のライアン・オニール(こちらも偶然だが「ライアン」だ)を彷彿とさせるが、こちらはもっと感情で動く性格をしているので、感情移入がしやすい。またヒロインのアイリーンを演じたキャリー・マリガン。こちらも童顔だが、タフな性格を有する役柄。特に、出所してきた夫と「ドライバー」の間で揺れる女心を表情だけで演じることに成功している。そういえば、彼女と「ドライバー」のセックスシーンがないのも、この映画の清いところ。大抵の映画では、ここのところが済し崩し的に、観客にサービスされるところだけれど、それが無いのは、監督の見識だろう。
脇役もGJ。ロン・パールマンとアルバート・ブルックスははまり役。二人の、いつも苦虫を噛み潰した表情も秀逸。
そしてスクリーンに映し出されるロサンゼルスの夜の妖しさ。夜の場面が多いが、そんなストリートの暗く澱んだ雰囲気も思わせぶりである。だが、終盤でパールマンが追い詰められる海岸の場面が、一番、ロスアンゼルスっぽい。なぜなら、こういうロスアンゼルスを舞台にしたクライム・ストーリーには必ず海岸が、しかも夜の海岸がキーになることが多い。レイモンド・チャンドラー原作、ロバート・アルトマン監督「ロング・グッドバイ」(1973)もそうだった。