ヴィオレッタ : インタビュー
E・イオネスコ、美少女A・バルトロメイを迎えた「ヴィオレッタ」でアートの限界を問う
アートを追い求めた女流写真家と、母の愛を欲し被写体となった娘。カメラを通して結ばれた母娘関係は、いびつに歪んでいく――1977年、母親が娘のヌードを撮影し物議をかもした写真集「エヴァ」で、フレンチロリータの星となったエバ・イオネスコが、写真家の母イリナ・イオネスコとの実話をベースに、少女アナマリア・バルトロメイとともに撮りあげた初長編作「ヴィオレッタ」で、アートの限界を投げかける。(取材・文・写真/編集部)
女流写真家イリナの写真は、バロックの香りが匂い立つ独自の世界を映し出す。イオネスコ監督は、わずか4歳で写真のモデルとなり、華々しくも退廃した世界へと足を踏み入れていった。そんなイオネスコ監督の体験を下敷きにした本作の主人公ヴィオレッタもまた、母の美世界で生きる運命にとらわれ、倒錯した愛に消費されていく。
イオネスコ監督は、なぜ本作の映画化に踏み切ったのか。「これは私が生きた人生の一部分です。ですが、私の人生を話すというよりも、この作品の主題や写真に興味がありました。昔の経験をただ話すのではなく、母と子どもの葛藤(かっとう)というテーマを語りたかったのです」。フランスの名女優イザベル・ユペールを主演に迎え、実体験にシド・ヴィシャスとのエピソードなどを織り交ぜ、物語として構築した。
ヴィオレッタ役はオーディションで選ばれたが、イオネスコ監督はバルトロメイと出会うまで5カ月もの歳月を要し、約600人の少女たちと対面した。「私の幼いころに似ているかではなく、この役を演じられる子、私の話や意見を聞き、話し合える人を探しました」と10歳(撮影当時)のバルトロメイに白羽の矢が立った。
女優を目指していたとはいえ、オーディション時は演技未経験だったバルトロメイ。これまで生きてきた世界とは異なる生活に身を置き、リハーサルを重ねながら、イオネスコ監督とヴィオレッタをつくりあげていった。「役者としての経験がなかったのでそのときはわかりませんでしたが、今になって思うとすごく難しい役をもらったんだなと感じます。当時は一生懸命やっているだけで、そんなに難しいとは思わなかったのです」
バルトロメイがヴィオレッタに息吹を与えることで、キャラクターは脚本を超え生き生きとしたものになる。「娘が母親から離脱、解放されるという根底の部分はありましたが、アナマリアが持っていた個性が少しずつ加わり、最初イメージしていたロマンチックな感じから、強い意志を持った女の子像を強く出しくれました」(イオネスコ監督)。幼い危うさのなかに、しっかりとした足取りの感じられる少女像ができあがった。
役づくりのため、ふたりは通常のリハーサルに、即興劇も取り入れた。「『ヴィオレッタ』の脚本とは別に、(17世紀の古典主義を代表する仏劇作家の)モリエールなどを題材に即興でいろいろ演じてもらって、『この間やったあの部分覚えている? あそこはよかったわね。それを持ってきたら?』というように少しずつ修正したんです。時間を共有することで、いろいろなエレメントを選択してつくることができました。ジャン=ピエール・レオと新しい映画をつくっているのですが、同じようにアドリブをやってもらい本題に入る形で進めています」(イオネスコ監督)、「ふたりでやっていくことで、少しずつ彼女が求めているものがわかっていきました」(バルトロメイ)
イオネスコ監督は、舞台演出の経験から、役者との対話を通じた作品づくりを大切にする。「母親のモデルとなっていた少女がどう運命を切り開いていくか、という基本のラインがあり、話し合いながら、歪んだおとぎ話のような感じにつくりあげていきました」。キャラクターがかもし出す雰囲気に加え、衣装やセットなど随所にイオスネコ監督の美意識が反映されている。「美的なものを見せることは、とても意識しました。アンナも最初、美しいものを見せてヴィオレッタの気を引きますよね。ロリータ的な要素はありますが、美しいイメージの後ろには何があるんだということも見てほしかったので、キレイな世界の後ろには歪んだ、生々しいおとぎ話が隠れているということを表現したかったのです」
複雑な家庭環境ゆえ、大人になりきれないまま、芸術という形で狂気をほとばしらせる母アンナを演じたユペ-ル。作品ごとの表情を一変させる名優との共演は、バルトロメイにとって大きな収穫となった。「本当に経験豊かなプロなので、学ぶことばかりでした。エバ監督が素晴らしい俳優のみなさんと一緒に、私のような初めての人間を迎えてくれ、素晴らしい経験になりました」(バルトロメイ)
本作をきっかけに女優として踏み出し、今後の女優業について「この作品はデビュー作だったので、影から光の当たるところにきたような感じでいます。もともと女優になりたいと思っていましたが、ヴィオレッタを演じたことで、より女優業を続けたいと思うようになりました。このあと、いろいろな作品に出演しましたが、この分野、こういった作品に出たいとか限定せずに、オープンに考えています」と目を輝かせた。
本作は、イオネスコ監督にも大きな変化をもたらした。撮影を終えたあと、「『ヴィオレッタ』の後にもいくつも映画を撮ったので、今では気分が変わっていますが、ちょっとうつ状態のようになってしまいました(笑)。幼いころの人生を語り終えたので、結構刺激があったのかもしれません」と喪失感に襲われたという。「完成まではどのような映画になるのかわからないため、心配している方もいました。私としては、のぞき見するように興味から見られるのは嫌だったので、そういった人にも納得をしてもらえるような映画をつくろうと苦心しました。私の半生をただ映画にするのではなく、テーマをみなさんに伝えたかったのです」
母娘の葛藤(かっとう)という大きな軸を中心に、芸術家としての思いも込められている。
「1番大きなテーマは、やはり母と娘の関係です。そのなかに、ロリータ的でいてアーティスティックな画や、歪んだおとぎ話などの要素も盛り込みました。もうひとつの軸として、アートにも限界があるのではないか、どこまで突き進んでいいのかといった問題も掲げているのです。母親は自分の芸術を求めていたのでしょうけれど。ヴィオレッタがだんだんと、ヘビがニョロニョロするような魅力的な大人の女性になっていくところはもちろんですが、『最終的にどこまでアートとしていいのか』という倫理的なことを考えてもらいたかったのです」