灼熱の魂 : 映画評論・批評
2011年11月29日更新
2022年8月12日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほかにてロードショー
恐怖と崇高の谷間へと突き進む“ある母親”の壮絶なる悲劇
これは謎めいた形でこの世を去った母親と、彼女の奇妙な遺言に従って行動する若い双子姉弟の物語だ。母親は中東系移民としてカナダに渡ってきたが、姉弟はその経緯をまったく知らない。やがて姉弟の中東での現地調査により、内戦に巻き込まれて悲痛な運命をたどった母親の過去が明らかになっていく。
一見、中東の複雑な民族・宗教問題を扱った社会派歴史劇のようで、この映画の本質はそこにはない。どうやらナワルという年老いた母親は、カナダの市民プールで放心状態に陥るほどのショックを受け、死期を悟ったらしい。いったいプールで何があったのか。その母親が命を賭した遺言の真意は何なのか。現在と過去にちりばめられたこれらのミステリーが、異様な切迫感をこめて差し出される。私たちは“驚愕の真実”に迫っていく姉弟の行く末を、ただ息を飲んで見守るほかはない。
日本でも「焼け焦げるたましい」という題名で上演された原作戯曲は、4時間にも及ぶ舞台だそうだ。物語の衝撃性は原作者の功績だが、それを濃密にして用意周到な演出で2時間強の映画に凝縮したドゥニ・ビルヌーブ監督の手腕は圧巻のひと言。しかもこの想像を絶する悲劇の果ては、心温まるハッピーエンドからはほど遠く、空虚なバッドエンドでもない。強いて言うなら“恐怖”と“崇高”の間のエアポケットに観る者を突き落とし、すべての解釈を委ねている。あまりの恐怖に戦慄するか、崇高な何かに心震わされるか。それを同時に体験して放心した筆者は、半年前に初めて観たこの映画の結末を未だ消化しきれていない。
(高橋諭治)