「まるで『釣りバカ』のような訳ありの“金ちゃん”キャラが良かったです。」種まく旅人 みのりの茶 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
まるで『釣りバカ』のような訳ありの“金ちゃん”キャラが良かったです。
低予算作品の割に、有機農法を維持していくことの問題や「働く」ことの意味をきちんと描いていて、とても好感が持てました。『しあわせのパン』など働くことから阻害されたOLが、田舎で新たな価値感と出会い再出発するという話はよくあるストーリーです。 そこを訳ありの“金ちゃん”というキャラの面白さと主役の二人の頑張りで、よく埋め合わせているできばえとなっています。
見終わったとき、余りに上手そうに有機栽培のお茶を飲み干すシーンにかられて、高価な有機栽培のお茶を買ってしまいました(^^ゞ
芸能界でもアイドルが農業する「農ドル」というジャンルがあるそうです。本作も可憐な田中麗奈が全く場違いな農婆姿になって、毎日茶畑と奮闘する姿は、当初とても違和感を感じました。演じている彼女自身も当初は、みのりと同じで辛い撮影だったのでしょう。でもシーンが深まるにつれて自然に茶畑に溶け込んでいきます。中盤で、でっかい茶釜を見つけたみのりは、その釜で釜茶作りに精を出すシーンがあります。誰かが喜ぶ姿を念じて茶を作ろうと決めたみのりの、慢心の笑みと幸福感を漂わせて、釜茶を藁でもんでいる姿に感動しました。きっと演じている田中麗奈も本気で、この茶を美味しそうに飲み干している人の姿を思い浮かべながら演じたのでしょう。
最近映画賞レースから遠のいている田中麗奈でした。彼女の演技は時として一本調子になりがちですが、本作では普通のOLの顔から、成長する茶葉に話しかける命を紡ぐ生産者の顔まで多彩な表情を見せています。きっと、女優としての心境の変化があったのでしょう。
そして本作を面白くさせているのが“金ちゃん”の存在。普通なら農林水産省の官僚なら役人臭さが漂うものですが、“金ちゃん”として農民たちに接している金次郎は、そんな臭さを微塵も感じさせない農業オタクぶり。あんなに落差があったら、誰も気がつかないのは納得します。そして発育中の農産物に接する時の、目がキラキラ輝く姿は、とても農業に愛着があるのだなと感じさせてくれました。ところが背広を着ると堂々とした役人ブリで、とても同一人物に見えません。
“金ちゃん”と金次郎を巧みに演じ分けた陣内の演技力があってこそ、この作品の面白がが引き立っていると思います。だからラストで“金ちゃん”と金次郎が同一人物であることを知ったときのみのりの驚き方が、可笑しかったです。
ただ『釣りバカ』と比べて、割とあっさりしたネタバレなので、もう少しバレそうで葛藤するシーンを派手に演出してほしかったです。
他に印象に残るのは、祖父修造を柄本明がいかにも気骨のある九州男児として、頑固に有機農法に徹している姿がよかったです。
また、みのりを箱入り娘として育て上げ、自由を与えてこなかった父親が、みのりの作った有機農法の茶を飲み干したとき、お袋の味だと泣き崩れるシーンも感動的でした。一服の茶がこんなにも多くの人の心を掴み、笑顔に変えていくのだなと感じた物語でした。
予定調和になりがちな本作でも、有機農法の厳しさはきちんと描かれています。行政はしきりに農薬使用を農家に押しつけようとします。農林水産省も半ばノルマのように担当官に押しつけます。金次郎はそうした農薬メーカーと行政の癒着構造に反発して、土本来の自然の力に依拠した有機農法の推進を持論としていたので、随所で上司とぶつかり、大分県の臼杵市役所まで出向で飛ばされてしまったのです。
金次郎と共にみのりの茶畑を応援する市役所農政課に務める青年・卓司も、上からの農薬普及の命令に渋々応じながらも、ホンネでは有機栽培を支持していました。そんな卓司が考えた臼杵市内の有機栽培農産物による学校給食の地産地消プランは、グッドアイデアだと思うのに、なかなか下っ端からボトムアップしていくのは困難なんですね。行政のお役所仕事がなぜ遅いのかというと、こうした意見集約で民間と違って、若手や現場からの問題点が無視され、放置されることが多いことです。
その集大成として、高い米価が放置されて、減反政策で日本の稲作農業は衰退の一途を辿っています。農業再生のためにも、行政が自己変革しなければいけないことを本作はさりげなく明かにした点を評価したいと思います。
映像は大変美しく、茶葉が力強く芽吹く姿にとても癒されました。