劇場公開日 2012年5月26日

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「間違いなく傑作だ」ミッドナイト・イン・パリ 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5間違いなく傑作だ

2020年6月30日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

笑える

楽しい

知的

 ベル・エポックというシャンパンがある。花柄の模様のボトルに入っていて、大変に美味しいシャンパンである。フランス文学科出身者として薀蓄を書かせてもらうと、エポック(epoque=フランス語、女性名詞)は時代、ベル(belle=フランス語、形容詞beauの女性形)は美しいという意味で、直訳すると「いい時代」ということになるが、パリでベル・エポックというと、19世紀の終わり頃を指す。マルセル・プルーストが「失われた時を求めて」を書いた時代だ。ちなみにフランス語の名詞では太陽が男性名詞、月が女性名詞、愛が男性名詞、死が女性名詞である。戦争(guerre)は女性名詞だ。

 本作品にもベル・エポック時代が登場するが、主人公ギル・ペンダーが憧れているのはベル・エポックよりも少し下った1920年代あたりだ。その頃パリにいたスコット・フィッツジェラルドは様々なプロフィールを持っていたようで、本作品では大変に明るい前向きの愛妻家だが、映画「Genuis」(邦題「ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ」)では、真面目で暗い性格に描かれている。生活費のために短編ばかり書くと、ジュード・ロウ演じる主人公トマス・ウルフに指摘を受けたりする。本作品の明るいフィッツジェラルドにはトム・ヒドルストンがよく似合う。
 実際のヘミングウェイはいざしらず、本作品では世間一般が理解している豪放磊落な作家そのままだ。サルバドール・ダリもルイス・ブニュエルもエキセントリックなイメージを崩すことなく、寧ろ誇張して登場している。このあたりは知る人ぞ知るで、笑える人は笑えると思う。知らなくても雰囲気を味わえるので問題なし。
 パリに在住する文化人たちは大抵が哲学的だ。対してギルの婚約者イネズの友人であるポールは知っていることを並べ立てるだけの男である。衒学的な人物だなと思ってみていたら、その後「Pedantic」という言葉が登場したので思わず頷いた。台詞を言ったのがサルコジ大統領夫人のカーラ・ブルーニというのも面白い。

 数日間の物語の到る所にウディ・アレンの才気煥発なアイデアが鏤められていて、どの場面を切り取っても楽しめる。マリオン・コティヤールが当時の美人として主人公の相手役を務めるが、この百年で美人の基準はあまり変わっていないようだ。
 総じてウディ・アレンらしい細部にこだわった作品で、全体としても面白いし、ディテールも愉快な場面ばかりだ。主人公の最後の決断には快哉を叫びたくなる。間違いなく傑作だ。7月日本公開の「レイニー・デイ・イン・ニューヨーク」も楽しみである。

耶馬英彦