劇場公開日 2012年1月28日

「見ごたえはあったけれど、たくさんの話を詰め込んで、上澄みだけをすくった感じ。」麒麟の翼 劇場版・新参者 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5見ごたえはあったけれど、たくさんの話を詰め込んで、上澄みだけをすくった感じ。

2022年6月20日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

泣ける

悲しい

知的

吉永を めぐる物語。
 嫉妬、後輩に抜かされる焦り、結果が思うように残せないいら立ち。思春期にありがちの歯止めが効かなくなってしまう純粋なる残虐さ。自己中心性と他責。万能感。結果を思い描けない思慮のなさ。無責任というか、責任の取り方を知らない立ち回り方。それゆえの苦悩・葛藤…。

青柳を中心とする物語。
 職業人としての顔・仕事ぶり。部下や雇用関係にある人との関係。家族、特に息子との関係。マスコミに翻弄される様。…。

香織を中心とする物語。
 愛する人を信じる・信じられない、その葛藤。先行きの不安、生活苦。マスコミに翻弄される様。…。

横田が絡む物語。
 会社との雇用関係。その中での人情、利害関係…。

それらの物語をサスペンスという切り口でつなぎ、展開するストーリー。

原作は「シリーズ最高傑作」と評されるそうな。
確かに、それだけの素材は揃っている。

原作未読。TVシリーズ未鑑賞。

TVドラマを観ていないので、よくわからないところがある。
 「父と向き合っていなかった…」って、同じ言葉を加賀に返すよ。自分はいいんかい。とTVファンなら突っ込み入れないんだろうけれど、TV観ていない私には良く言うよぉと言う感じ。感動場面なのだけれど、いまいち感動が続かなかった。己と照らし合わせながらの台詞だったら号泣ものなのだけれど。

たくさんの話を詰め込んで、上澄みだけをすくった感じ。
 吉永を巡る話も、青柳を中心とする話も、香織を中心とする話も、横田が絡む話も、それだけで映画が1本取れそうな素材。
 これを詰め込んで一つの話にするのだから、かなり駆け足で進めなければならなかったのかもしれない。否、『64 前編』のように、短いショットで描いて緊張を持続させてみせた映画や、『怒り』のように、シーンを厳選してたっぷりと情感を描き出した映画もある。
 そういう映画に比して、この映画はとにかく人物描写が雑。
 脚本が悪いのか、演技が悪いのか、演出が悪いのか、編集が悪いのか。
 阿部氏人気、もしくはTVドラマ人気に安住してしまっている。

演技が悪いのかと書いたが、役者はそろい踏み。
 他のTVや映画でも同じような役をきっちり決めて下さる方々、山崎努氏、阿部氏、中井氏、松重氏、菅原氏…。安定路線。
 そしてあの頃売り出し中の若手も頑張っている。
 菅田将暉氏。キーパーソンだからインパクトのある役とはいえ、ああいう設定でもちゃんと印象を残せる。勢いがある存在ってそういうものなのかな。
 そんな中でも特筆は中井氏。組織の中での人の良さ、家族を思う気持ちと親としての愚かさが、愛おしくも、わが身を振り返って身につまされる。中井氏演じる青柳がとった行動は客観的に考えれば適切じゃない。でも、そうしてしまう気持ち、わかるなあと号泣させられる。

映画は、加賀の説教で終わる。
 わかり易くてカタルシスが得やすいのだろうけど、映画としては、関係者が自分で気づく様子を演技で表現して欲しかった。加賀が説教しちゃったことで、この映画が『中学生日記』か道徳授業のDVDになってしまった。

それにしても、
親子の問題、教育問題、労使関係の問題と、ちょっと触って社会問題を扱っているかのような雰囲気を作り出して良しとするなんて、
   (原作はとっぷりと取り組んで描き出しているのだろうけど)
TVはマスコミ(大衆受け)になってしまって、ジャーナリズムではなくなってしまったんだなあと改めて悲しくなった。

とみいじょん