明日の記憶のレビュー・感想・評価
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忘れゆく日々
この映画ではアルツハイマー病である渡辺謙の演技がものすごく光っている。
奥さん役である樋口可南子の演技も素晴らしい!
夫婦で口喧嘩するシーンなんて凄かった!
気づいたら皿で殴っている…リアルな追求が凄すぎる!
ラストシーンは泣けます!
映画観て久々に泣きました!
過酷な病気
今回この映画を見ようと思ったのは仕事で高齢者のリハビリをすることによって、どうしても認知症患者と接することがあるからだった
渡辺謙演じるサラリーマンが若年性アルツハイマーにかかってからの葛藤、絶望、自暴自棄、混乱、受容、家族の苦しみなど、
みじかに接する機会がないとわからない感情のリアルさが伝わってきた
徐々に進行するアルツハイマーの怖さがこの映画を通して理解することが少しはできたと思う
今後認知症患者やその家族に接する時にはいかに共感してあげられるかを課題としたいと思った
渡辺謙の名演技には心を打つものだった
それでも人生は続く。
順調に見えた人生が、突然の病によって大きく変わる。変わりゆく自分自身への恐怖、必死に支える家族。リアルな描写に、胸が締め付けられる。自分が主人公なら、家族なら、耐えられるだろうか?見終わった後も、自問自答せずにはいられない。
涙の意味
バリバリ働いている人間が、働けなくなると知った時のショックの大きさがわからん。
涙を流す場面がいくつかあるけど、悲しい涙なのか嬉しい涙なのかわからん。
この映画の登場人物たちを羨ましいと思った。
思い切り泣ける
この映画の中で5回は号泣しました。若年性アルツハイマーにかかった夫とそれを支える妻の物語。
治る薬のない残酷な病気と闘う夫婦の姿がとてもせつなく、たくさんの苦悩を強いられる姿には心が痛みます。とても悲しい映画ですが、あまりの愛の深さに見た後不思議とは心があったまりました。
自分が自分でなくなる恐怖
総合65点 ( ストーリー:70点|キャスト:75点|演出:70点|ビジュアル:70点|音楽:65点 )
前半の、痴呆で仕事をうまく行えなくなる渡辺謙の焦りと、痴呆とそれがもたらす恐怖とそれによって変わる周りの環境を受け入れて覚悟を決めるまで。それから後半の、家庭で衰えていく自分自身とそれを支える妻との優しく激しいやりとりと愛情。二つの物語と見どころがあった。職場・家庭の日常の焦燥感と軋轢と人々の優しさとが描かれていたし、特に仕事で失敗して崩れていく前半の渡辺謙と、後半の夫婦二人の演技は良かった。
しかし本当に身につまされる話だった。痴呆の人を何人か知っているし、観ていて怖くて仕方がない。最近若いころと違ってくだらないことが思い出せなくなって来たりしている自分の姿と重ね合わせていると、とても他人事とは思えない。そうなるともし自分がそうなったらと、映画として単純に観ていられない自分がいる。これからも症状が悪化していくまま互いの関係をどうして維持していくのかと思うとすっきりしない。ただただ恐怖と空虚さと現実の世話の大変さが重く降りかかってきてやるせなくなる。自分が自分でなくなり思い出の共有もままならなくなるなんて、まだしばらくこのような話からは目をそらしていたい。
病気でも、愛に溢れて、家族の絆を再確認出来る暖かい目線の優しい作品です。
渡辺謙が出演する「シャンハイ」が間もなく公開されるので、渡辺謙の初主演映画の「明日の記憶」を未だ観ていなかったので、この機会に観て見ようと2006年の作品であるが、DVDレンタルをしてみた。
この映画は、公開当時‘若年性アルツハイマー症’の患者の病症とその家族の姿を描いた作品と言う事で、かなり評判の高い作品であった事を記憶している。
その評判を裏切る事なく、本当に身につまされながらも、じっと見入ってしまう深い共感を得る事が出来る、素晴らしい作品であったと想う。
白血病で、長い闘病経験のある渡辺謙さん自身のプロデュース及び、初主演映画となったこの作品は、ここ数年の彼の作品の中でも、素晴らしい作品の一本として名を挙げても決して可笑しくない立派な作品であったと思う。
今後、高齢化が進む我が国に於いて、老人性アルツハイマー症の発病は、本人は勿論の事
その家族と言う個人レベルの問題では決して無く、広く社会の問題としてもこの病気の発症は極めて重大且つ、重症な諸問題の根本原因となりうる事から、社会の中で、この病気に付いての正しい理解が必要であると思うのだが、その点に於いても、この作品は真正面から、アルツハイマー症、しかも若年性のケースを取り上げて、深く向き合っているこの作品は、社会的にも非常に意味の有る素晴らしい作品だと思う。
自然の美しい景色と、音楽がこの映画の本来的に重く、暗くウエットに成りがちなテーマを上手く沈む事が無い様に盛り上げてくれていた様に感じる。
渡辺演じる佐伯の娘婿、伊東直也を坂口憲二が明るく演じているのも救いであった。
しかし何と言っても若年性アルツハイマー症と言う不治の病と共に生きる夫を支え続ける佐伯の妻、枝実子を演じた樋口可南子も文句無く素晴らしかったと思う。韓国映画の『私の頭の中の消しゴム』と言う様な、若い恋人同士の単なるお涙頂戴ラブストーリーでない、きっちりと銀婚式を迎える夫婦の愛の絆の物語であり、闘病を受け入れる新しい家族の再生の物語としても、重いテーマでありながら、観終わった後に清々しい感動の余韻を漂わせている本作は、是非未だ見ていない方には、お勧めの1本です。
この映画でも出てくる、長谷川式易知能評価スケールは、世界的にも多く試されている簡単な、HDS-Rと言う検査方法ですが、私なども、スラスラと簡単に答えられない個所が有り、「もしや?・・・」と一抹の不安に襲われそうになる、誰に取っても、決して他人事と笑って済まされない、明日は自分の事かも知れないこの問題についても、健康であるうちから、真剣に老後、そして万が一不幸にも、若年性アルツハイマー発病というその日を迎える事が無い様に、健康維持の為、そして或いは、両親や、祖父母の介護の予備知識としても是非この映画を見て欲しい。
現在でも、原因も、はっきりとせず、治療法も、確立されていないこの疾患については、間違った認識をされている方も少なくないのが現実であるから、人間、必ず老いと死は、やり過す事が出来ない、人生の一部であるので、転ばぬ先の杖として、是非この作品を参考にして、自分の未来を、そして、家族の在り方を今一度考察し直す一助として、この作品を見て頂けるなら、嬉しく思う、そう人生の時間を1分でも無駄にしない為にも!健康な今から、病気についても、日頃から、考えて、生きて行きましょう!そして、死ぬまで
映画を楽しめたら、こんなに嬉しい事は無い!!!
本作が始まった瞬間から、引きつけられました。素晴らしい名作です。難病ものにありがちな描き方とは、明らかに違って夫婦愛の暖かみに包まれていました。
本作が始まった瞬間から、引きつけられました。素晴らしい名作です。
なんと冒頭がラストシーンだったのです。自然に囲まれた養護施設で暮らす雅行は、すでに表情もなく、ただぼんやり虚空を見つめるだけ。それを見守る妻の枝実子も悲惨さは微塵も見せず、微笑みを讃えて夫のそばに佇んでいる。その何とも言えない穏やかな時の流れのなかに、二人の間に蓄積されてきた年輪のような夫婦愛を感じさせて、うぁ~いい!という気持ちにさせてくれました。
穏やかな時間の流れの先に、アップされたものは、「エミコと描きされた湯飲み」だったのです。
韓国映画「私の頭の中のケシゴム」も見ましたが、記憶がなくなるのは、当人も残された者にも酷ですね。改めて某作品に出てくる記憶が消せる超能力者『ハイチ人』の恐怖が実感できます。(脱線(^^ゞ)
この作品の恐ろしいところは、じわじわと真綿が締め付けられるように主人公の病状がゆっくり進むことなのです。
だれでも、物忘れ程度のことは身に覚えがあるもの。そんなごく普通の違和感から、雅行が壊れていく姿を描いていくので、ついつい観客のほうも、いつ自分が雅行のようになるかもしれないという感情移入に誘われてしまいます。症状の描き方も、かなり映像に凝っていますので、アルツハイマーに罹った人の感覚というのが実感できました。
特に冷やっとしたのは、部長職である雅行がクライアントへのプレゼンに遅刻してしまうことです。こういう仕事に関わっている人なら、身に包まされるシーンです。加えてクライアントの担当部長演じる香川照之の遅刻をなじる台詞がリアルそのもの。くれぐれも時間に遅れるものではないと、見ている方も反省してしまいました(^^ゞ
大きなプレゼンを抱える雅行はなかなか病院に行こうとしません。従って本人と家族が病状を知るのに随分と時間がかかってしまいました。
言動におかしさを自覚しつつもまだバリバリ仕事をこなしている雅行が初めて不治の病状を知るときの驚きと怒りは半端ではありませんでした。
このときの狂ったように診察室から飛び出し、病院の屋上から飛び降りようとする渡辺謙の演技が、真に迫っていて素晴らしかったです。
おまえ駆け出しにくせにと雅行の怒りの矛先を向けられた及川光博演じる若き医師吉田の受け答えもよかったです。
普段は淡々としか語らないのに、吉田は雅行を一喝。人は誰でもやがて死ぬ者なのです病は宿命なのです。でもいつ医学が発達していい治療法が見つかるかもしれないから、希望持って行きましょうと熱く語りました。実は吉田の父親もアルツハイマーだったのです。その一言で、吉田の頑なな表情の意味が分かり、感動しました。
妻を演じる樋口可奈子も負けてはいません。
初めて意志が通わなくなったとき、心が折れてしまって枝実子が泣き崩れるところは、そのつらい気持ちが伝わってきて泣けてきました。外で浮気をしていると言いがかりをつけられるなどだんだん幼児化していく夫を、病人だと分かっていても罵倒してしまい自己嫌悪するくだりも、思わず同情してしまいました。
なんと言っても極めつけは、いよいよ愛する夫が自分を認識しなくなってしまった時のことです。ふたりが初めて出会った奥多摩の陶芸釜のときのように挨拶する雅行に、ショックを隠しきれずいるのに、よそよそしく挨拶する枝実子の複雑な表情には、万感の悲しみを感じさせてくれました。
その直後カメラは引いて、奥多摩の山中を夫の後に引きづられる歩く枝実子を遠回しに捉えます。ふたりの想い出の地で枝実子はどんな思いで雅行の後についていったのか。そのワンシーンに二人の数十年の夫婦愛が重なって、いつまでも記憶に残りそうなシーンとなりました。
「エミコと描きされた湯飲み」は、雅行がまだ記憶が残っていたとき作りあげたもの。この湯飲みに込められた雅行の想いも必見です。
あと自分の娘の結婚式で、祝辞のメモを無くしたものの必死で来場者へ感謝を語るときの雅行のスピーチもよかったです。
公開直後のインタビューでは、「つらく悲しく泣いて終わりという作品にはしたくなかったんです。」と語った渡辺謙P。韓国映画にありがちな涙腺に直撃する悲惨さや難病ものにありがちな描き方とは、明らかに違うもの。生老病死を超える人生の機微を描いてて、とても心の中がすがすがしく温かくなれた1本でした。『トリック』シリーズでキワモノ専門と思っていた堤監督は、人間を的確に見る目を持っている監督さんなんだなと評価しなおした次第です。
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