劇場公開日 2023年11月17日

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「【80.1】007 スカイフォール 映画レビュー」007 スカイフォール honeyさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 【80.1】007 スカイフォール 映画レビュー

2025年11月2日
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作品の完成度
『007 スカイフォール』は、シリーズ生誕50周年を記念する作品として、ジェームズ・ボンドというキャラクターとMI6という組織の存在論的危機を主題に据えた意欲作である。監督サム・メンデスの文学的なアプローチは、ボンドに内省的な深みを与え、古典的なヒーロー像に現代的な苦悩を移植する試みとしては、極めて成功している。
しかし、その完成度は、テーマの壮大さとプロットの論理的整合性の間の断裂を内包する。物語は、サイバーテロリストである元MI6エージェント、シルヴァによるMへの復讐劇へと収束するが、世界規模のハッキング能力を持つ悪役が、最終的に時代錯誤な物理的な罠や、ボンドの生家「スカイフォール」での原始的な籠城戦に固執する展開は、サスペンスの現代性を放棄したと断じざるを得ない。これは、「古き良きボンド」へのノスタルジーを優先した結果であり、現代のスパイ・スリラーとして求められる緻密なロジックを犠牲にした最大の瑕疵である。芸術的な映像美とキャラクターの深い心理描写が、物語構造の脆弱さを覆い隠している、という点で本作品の評価は複雑である。
監督・演出・編集
サム・メンデス監督の演出は、全編にわたり一貫した詩情と重厚なトーンを維持している。彼は、ボンドが肉体的・精神的な衰弱に直面する過程を丁寧に描き出し、観客にキャラクターへの共感を促す。ロジャー・ディーキンスによる撮影は、上海の高層ビル、マカオのカジノ、スコットランドのハイランド地方を舞台に、光と影のコントラストを極限まで追求した視覚的な叙事詩を創出しており、その芸術性はシリーズの歴史において群を抜く。
一方で、メンデス監督の内省的なペース配分は、エンターテイメントとしての軽快さを著しく損なっている。編集(スチュアート・ベアード)は全体的に緊迫感を保っているものの、特に中盤の回復期やMI6再建に関するシーンは、物語のテンポを鈍重にしており、一部の観客が指摘する**「間延び感」の主要な要因となっている。メンデスは、ボンド映画を「大人のドラマ」として昇華させることに成功したが、その代償として、シリーズが長年培ってきた「軽妙なウィットとスピーディな展開」**という娯楽性を犠牲にした。
キャスティング・役者の演技
本作のキャスティングは、物語のテーマ的な重みを支える上で不可欠であり、各役者のパフォーマンスは極めて高い水準にある。
• ダニエル・クレイグ:ジェームズ・ボンド役。
彼のボンド像は、タフネスと内面の脆さが同居する複雑な人間として描かれ、本作ではその人間性が頂点に達した。任務への復帰に際して、身体的な衰えと精神的なトラウマと戦う姿は、従来の不滅のヒーロー像からの脱却を鮮明に示している。Mへの複雑な感情を眼差しだけで表現する抑制の効いた演技、そして自らの起源の地で古風な戦いを強いられる終盤の悲哀は、観客に強烈な印象を残す。彼はボンドを古典のアイコンから現代の悲劇的な英雄へと再定義した。
• ジュディ・デンチ:M役。
長年MI6のトップを務めてきた彼女のMは、本作で組織の権威の象徴から、過去の過ちを清算させられる「母」へと変貌する。公聴会での毅然とした弁明と、ボンドに対する厳格さと愛情の二面性を見せる繊細な演技は、物語の感情的な中心を担った。彼女のMの尊厳ある終焉は、シリーズの「古き良き時代」の終結を意味し、その存在感はアカデミー賞助演女優賞にノミネートされる水準であった。
• ハビエル・バルデム:ラウル・シルヴァ役。
元MI6という経歴を持つシルヴァは、Mに裏切られ復讐に燃える鏡像としての悪役である。バルデムは、冷徹な知性と、どこか女性的な、倒錯した狂気を混ぜ合わせた独自のヴィラン像を構築した。Mに対する屈折した愛憎を伴う長台詞は、演劇的な迫力に満ちており、物語に強烈なサスペンスと心理的な深みをもたらした。しかし、その特異な表現様式は、作品のトーンから逸脱し、リアリティよりも様式美を優先した印象を与える。
• レイフ・ファインズ:ギャレス・マロリー役。
諜報活動の是非を問う政府高官として、MI6解体の危機をもたらす内部の脅威を象徴。ファインズは、冷静沈着な論理の裏に、熟練した実務家としての経験を隠し持つ多層的なキャラクターを、抑制された演技で見事に表現している。物語終盤で彼が担うシリーズの伝統継承の役割を鑑みても、その配役と演技は極めて重要である。
• ベン・ウィショー:Q役。
シリーズの伝統的なキャラクターを現代の若き天才ハッカーとして再創造した。ウィショーは、神経質さと天才性を併せ持つQを、控えめながらも確かなユーモアをもって体現し、作品に軽妙な息吹を与えた。ボンドとの世代間の対立と協力関係は、今後のMI6の新しい機能性を示唆する上で、不可欠な要素となった。
脚本・ストーリー
ニール・パーヴィス、ロバート・ウェイド、ジョン・ローガンによる脚本は、テーマ設定の野心性は評価されるべきである。MI6の存続危機を軸に、ボンドの自己検証を絡めた構造は、観客に強烈な緊張感を与える。Mが公聴会で引用するアルフレッド・テニスンの詩(ユリシーズ)は、物語の核心的なテーマ(老いても戦い続ける英雄の使命)を象徴的に提示し、文学的な深みを与えている。
しかし、シルヴァの復讐の過程における非効率性、およびクライマックスの舞台設定の唐突さは、洗練されたプロットとは言い難い。超ハイテクな悪役が、最終的にローテクな武器に頼り、場所もボンドの私的な起源の地へと限定される展開は、物語のスケール感を縮小させている。これは、キャラクターのドラマを優先するために、スパイ・スリラーとしての説得力とスケールが犠牲になった、脚本上の欠点である。
映像・美術衣装
ロジャー・ディーキンスによる撮影は、本作の圧倒的な優位性である。光と影の使い方は、感情的なトーンを視覚的に表現し、特に上海のビル群やマカオのカジノのシーンは、映画史に残るレベルの官能的な美しさを誇る。美術(デニス・ガスナー)は、軍艦島の廃墟など、退廃的かつ象徴的なロケーションを選定し、ボンドの内面の荒廃を視覚的に強調している。衣装は、トム・フォードがデザインしたクレイグのスーツが、ボンドのタフさとエレガンスを完璧に融合させ、キャラクターの威厳を高めている。
音楽
トーマス・ニューマンによるスコアは、従来のジョン・バリー的な壮麗さから距離を置き、より陰影に富んだ、内省的な響きを追求した。彼の音楽は、メンデス監督の詩的な演出を効果的に補強している。
主題歌は、アデルが歌唱・作曲した**「スカイフォール(Skyfall)」**である。この楽曲は、壮大さとメランコリーを併せ持ち、アデルの圧倒的なボーカルによって、シリーズの伝統と現代性を見事に融合させた。その品質は疑う余地がなく、第85回アカデミー賞歌曲賞を受賞し、映画の成功に不可欠な貢献を果たした。
受賞・ノミネートの事実
『007 スカイフォール』は、第85回アカデミー賞において、歌曲賞と音響編集賞の2部門を受賞し、撮影賞、作曲賞、録音賞でもノミネートされた。また、英国アカデミー賞(BAFTA)では、英国作品賞と作曲賞を受賞している。これらの事実は、本作が単なるアクション大作ではなく、映像、音楽、音響の面で卓越した芸術的完成度を持つ作品として、広く評価されたことを示している。

作品 [SKYFALL]
主演
評価対象: ダニエル・クレイグ
適用評価点: B8
助演
評価対象: ジュディ・デンチ、ハビエル・バルデム、レイフ・ファインズ、ベン・ウィショー
適用評価点: B8, B8, B8, B8 (平均 8.0)
脚本・ストーリー
評価対象: ニール・パーヴィス、ロバート・ウェイド、ジョン・ローガン
適用評価点: B+7.5
撮影・映像
評価対象: ロジャー・ディーキンス
適用評価点: S10
美術・衣装
評価対象: デニス・ガスナー
適用評価点: A9
音楽
評価対象: トーマス・ニューマン、アデル
適用評価点: S10
編集(減点)
評価対象: スチュアート・ベアード
適用評価点: -1.5
監督(最終評価)
評価対象: サム・メンデス
総合スコア: [80.08]

honey
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