「ラストシーンに胸が潰れる思い」ゴーストライター DOGLOVER AKIKOさんの映画レビュー(感想・評価)
ラストシーンに胸が潰れる思い
2003年 米軍と英国軍がイラクを侵攻して、戦争を仕掛けた時 ジョージWブッシュ大統領は サダム フセインが政権独裁をしているイラクには大量生物化学兵器があり、自由世界が危機下にあると断言した。続くトニー ブレア英国首相も イラクの大量破壊兵器を潰すことなしに平和はない、として足並みを揃えた。
ジョージWブッシュと トニー ブレアの開戦と同時に オーストラリアのジョンハワード首相も開戦に同意して特殊部隊を投入、小泉純一郎首相は 開戦を支持する声明を出した。
国連の決議なしに フランス、ドイツ、ロシア、中国の強硬な反対を押し切っての決断だった。国が戦争を始めるという大事な決断を米国ブッシュが言い出すやいなや 英国もオーストラリアも日本もすぐ同時に、賛成したのは 何故か。
ソースが同じだったからだ。
情報の「もと」が たったひとつ。その「もと」とは 何だったのか。
CIAだ。CIAの作った軍事情報をもとに 各国は兵を送り、イラクに戦争を仕掛けた。そして、それはいまも続いている。
1991年湾岸戦争のとき、停戦決議で イラクの大量破壊兵器の保持が禁止された。しかし兵器はある、として2001年ブッシュが大統領就任するとすぐに 米軍がイラクへの空爆を開始し、2003年、全面的開戦となった。投入された米軍26万3千人、英軍4万5千人、オーストラリア2千人。
サダム フセイン大統領が倒れ、2006年に処刑された後も 米国を中心とする連合軍によるイラク占領政策は続き、戦闘終結宣言以降に、大量の死者が出ている。米軍が36万6千人の兵力で イラクのマリキ政権を擁護しても、治安の悪化とシーア派、スンニ派との対立を抑えきれない。マリキ政権が 米英軍占領軍の繰り人形にすぎないことがわかっているからだ。
第1次湾岸戦争のときブッシュの国防長官だったデイック チェイニーは 第2次湾岸戦争のジョージWブッシュのときには 副大統領を勤めた。彼はハリバートン社の経営者で所有者でもあり、この世界最大の石油掘削機会社をして、イラクの復興事業や軍事関連サービスを提供して 二つの戦争で巨額の利益を得ている。イラクに眠る 油田の権益のためにも米国は何が何でもイラクを占領しなければならなかった。
戦争ほど儲かる商売はないからだ。
米軍兵4000人余り、民間傭兵1000人以上の死者を出してやっと、ブッシュは 選挙で負け去った。2009年1月オバマ大統領は 就任後イラク駐留米軍を5万人に削減、2011年には全面撤退を約束した。
今年に入って、英国議会では イラク参戦に関する独立調査委員会の公聴会で、トニー ブレアを証人喚問した。ブッシュのペット プードル犬と呼ばれた男だ。彼は大量兵器がない とわかって何故 戦争を続けたのか と厳しく追及されている。
CIAの情報をもとに イラクで亡くなったイラク市民15万人、アメリカ人5千人余り、英国人179人、この戦争のために起こったニューヨーク貿易センタービル倒壊で亡くなった2千人余り、州兵がイラクに行ったため救援できずハリケーンカトリーナで亡くなった2000人、ロンドン爆発事件で亡くなった56人、スペイン列車爆発事件で亡くなった191人の人々、、、おびただしい死者の列、、、。
映画「ゴーストライター」を観た。ロマン ポランスキー監督の新作。ロマン ポランスキーは 去年2009年9月に チューリッヒ映画祭に参加した際 スイス当局に逮捕された。30年近く前に彼が起こした13歳のモデルの子への淫行容疑のため ずっとアメリカから逮捕状がでていて、身柄引き渡しを要求されていた。昔のことで 当時のモデルは訴訟を取り下げている。何故、今になってパリに住むポランスキーが突如、スイスで拘束されたのかわからないが、ともかくもスイスは米国への身柄引き渡しは拒否、2010年7月になってやっと、ポランスキーを釈放した。これは 遅れをとりもどすようにして、彼が力を注いで発表した作品だ。
ポランスキーが拘束されたときスイス映画祭に来ていた 映画関係者たちが 口々に「彼は生涯のファイターなのに、、、。」と言っていた言葉が印象的だ。
ユダヤ教徒のポーランド人。母はアウシュビッツで殺され 本人は収容所から逃亡、ドイツ領となったフランスで ユダヤ狩りから隠れ 転々と逃げながら成長した。
1969年には 自分の子供を妊娠中の妻、シャロン テートが惨殺され、その現場の惨状の第一発見者だった。
2002年「戦場のピアニスト」でアカデミー監督賞を受賞。今年、釈放されてやっとこの映画「ゴーストライター」を発表することができた。彼の一生を見ると、文字通りの生涯のファイターなのだ。
ストーリーは
湾岸戦争に兵力を投入した前英国首相アダム ラングは責任を問われて退陣、今は追及を逃れてアメリカ東海岸の孤島で引退している。伝記を出版する予定でそのための ゴーストライターを探している。ラングのために、600枚あまりの伝記を書き下ろした前任者が この島と本島を結ぶフェリーから 酔って転落して 死亡してしまったので その後を継いで 伝記を仕上げて欲しい。一か月で仕上げてくれたら25万ドル報酬を出すという。願ってもない仕事に ゴースト(彼の本当の名前は映画の中で終始出てこない)は喜んで フェリーに乗って孤島に向かう。
しかし着いて すぐラング前首相が、戦争犯罪人としてハーグ国際戦争裁判所で裁かれるかもしれない というニュースが飛び込む。テロリストを違法な方法で拷問した という件が問題になっていた。押しかけてくるマスコミ勢に追求から逃れる為の声明作りまで ゴーストが引き受けることになってしまった。
夫婦仲の良くないラング前首相、事務的で高飛車な秘書、愉快でないラングの家で ラングへのインタビューと執筆が始まる。亡くなった前任者の部屋を片付けていて、ゴーストは引き出しの裏に、テープではりつけてある秘密の封筒を見つける。そこにはラングの大学時代の仲間の写真があり、それらを渡すべき人の電話番号が 走り書きされていた。
ゴーストは 前任者が 酔ってフェリーから転落死したのではないのではないか、と疑い始める。自転車でラング邸から出て、岬に行ってみる。そこでゴーストは人の良い年寄りに出会う。老人は フェリーから転落した死体は 波の関係でこの島に打ち上げられるはずはない、と言う。でも死体を発見した夫人は その後 階段から落ちて昏睡状態に陥ったので、死体がどんな状態だったのか、事実はわからずじまいだ、と言う。
ゴーストは 本島に渡り、写真をもとに調べ始め、写真に写っている男がラングが首相だったときの閣僚の一人で 兵器会社の持ち主であり、CIAに通じる男であることを突き止める。この男は ゴーストに刺客を差し向けてくる。手に汗を握る逃亡、、、。
ゴーストは 前任者が残していった電話番号を回す。現れた男に従って最終的に出会えたのは、現在の英国政府 外務大臣その人だった。判明した段階の事実だけを報告して、ゴーストは島に帰る。
そこで彼を待っていたのは、、、。
スリラーなので この先はいえない。
ラング前首相とは トニー ブレアのことだ。この映画では 伝記を書き残した前任者と、ラングの残した言葉がキーになる。ヒッチコックの映画のように、よくできた映画だ。そして、ヒッチコックの映画のように 素晴らしいラストシーン、、、。 興奮した。
胸が潰れるような 悲愴な思いに陥るラストシーンが忘れられない。
生涯のファイター ポランスキーの描いた湾岸戦争が、そこにある。
キャスト
前首相:ピアース ブロンストン
妻 :オリビア ウィリアムズ
秘書 :キム カトレル
ゴーストライター:エバン マクグレゴール