サラの鍵のレビュー・感想・評価
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観るのに覚悟が必要な、そして一度観たら忘れられない作品
何度思い返しても、小さな弟を納戸で発見した時のサラの気持ちを思うと胸が締め付けられる。
サラが小さな弟を納戸に隠した時の気持ち、強制連行された後に弟が心配でたまらない気持ち、そして納戸で変わり果てた姿の弟を発見した時の気持ち。
そして、待望の妊娠が分かると同時に、自分の義父が住んでいたアパートがサラの住んでいたアパートだと、サラが変わり果てた姿の弟を発見したアパートだと知った時のジュリアの気持ち。
それぞれの気持ちが痛いほど伝わってくる、というよりも襲ってくる映画。
自分がサラだったらと思うと、自分だけが幸せに生きていくなんて耐えられない。
そして自分がジュリアだったらと思うと、望んで望んで望んでやっと授かった我が子を中絶なんてできない、ましてやサラの人生を知ってしまった後で、自らが授かった新たな生命を絶つなんて出来るわけがない。
ジュリアが(ジャーナリスト魂からか)過去に起こった惨劇から目を背けることなく、事実が明らかになるまで調べ尽くし、それによってサラの息子にも事実が伝えられ反発されるが、最後にはその事実が受け入れられ、そしてジュリアが連れていた幼子の名前が”サラ”だと分かった瞬間、観ている私たちまで言葉を失う。
そしてそのサラが無邪気に遊んでいる姿に救われる。
観るのに覚悟が必要な、そして一度観たら忘れられない作品だと思う。
ナチ政権下のフランスの失政を描いてます。
フランスの失政を認めたのはわりと最近のこと。
現代に生きる女性ジャーナリストの目を通して、
真実の尊さを訴えかけてきます。
二度と起こしたくない迫害の歴史ですが、
まだ世界中、至る所で起きているかと思うと暗くなります。
【ヴェルディヴ事件を経験したユダヤ人少女サラの悲痛な慟哭は、時を超え、新たな命を産み出した。感涙作。】
物語は、1942年のフランスで起きたフランス警察によるユダヤ人一斉検挙、世にいう”ヴェルディヴ事件”とその際に起きた幼きユダヤ人姉弟サラ(メリジェーヌ・マヤンヌ:幼き名優)とミシェルの悲劇。
そして、その60数年後、アメリカ人ジャーナリスト、ジュリア(クリスティン・スコット・トーマス)とフランス人の夫ベルトラン(フレデリック・ピエロ)と一人娘ゾーイが夫の祖母マメから譲り受けたパリのマリ地区のアパートを観に行くという一見、全く繋がりのないシーンから始まる。
1942年、サラはフランス警察から両親と共に連行される。怖がる弟のミシェルを秘密の納戸に隠し、”鍵”を掛けて・・。彼らが連れていかれたのは、屋内競輪場”ヴェルディヴ”。
余りの環境の酷さに収容されたユダヤ人たちは疲弊し、一人の夫人が上段客席から飛び降りたほどである。
(ここで起きた悲劇に対して、故、シラク大統領が演説でホロコーストにおけるフランス国家の責任を承認し、フランス人には”時効のない負債がある”事を語った事は記憶にある。)
但し、今作ではフランス人もユダヤ人への弾圧を見て見ぬふりをする人ばかりではなく、収容所から逃げるサラたちさり気無く手助けする警吏や、不愛想だが匿うお爺さん(ニエル・アレストリュプ)も描かれている・・。
2009年、ジュリアは担当雑誌の特集で”ヴェルディヴ事件”を担当することになり、当時の状況を調べ始めるうちに、”夫の祖母マメから譲り受けたパリのマリ地区のアパート”について、疑問を持ち始める。
今作は、ここから一気に60年の時空を超えて動き出す。
[過去パート]
・ユダヤ人姉弟サラとミシェルの辿った悲劇。取り分け、過酷な状況の中、弟の身を案じ納戸の”鍵”を肌身離さず持つサラの健気な姿が観ていて辛い。そして、あの悲痛なシーン・・。
[現代パート]
・ジュリアがホロコースト記念館を訪れ、核心に迫っていくシーンやそれを快く思わない夫及び親族との溝が広がっていく。ベルトランはジュリアの体内に宿った命にも拒絶感を示す。(心中で、ベルトランに激しく毒づいた覚えがある・・。)
・サラの親族もジュリアに対しての対応は冷たく、真実を曝す事を良しとしない。
<事実を”知ってしまった”ジュリアが、その事実から目を背ける事無く覚悟を持って、新しい土地で新しい命を生むことを選択する姿に深い感動を覚えた作品。その新しい命に付けられた名前にも涙した。>
<2012年6月30日 劇場にて鑑賞>
女性ジャーナリストが、サラという女性の人生を追う物語。 ホロコース...
女性ジャーナリストが、サラという女性の人生を追う物語。
ホロコーストから逃れたサラの過酷な人生は、救いのないものであった。
でもラストは、ほんの少し救いだったのかな?
良質な反戦映画
第2次世界大戦におけるナチスが行ったユダヤ人ホロコーストを知らない人は居ない。600万人の人命が失われた。実際に体験した世代は、戦後70年経ち、減少してはいるが未だに歴史的証人は存在している。ナチスドイツが人間に、一体何をしたのか、同じ時期に日本軍がどのようにして権力を我が物にしてきたのか、それでどんな歴史的汚点を作って来たのかということを、どんなに語り、表現しても表現したりない。もっと、もっと反省を込めて反戦映画が出て来なければならないと思う。
これはヴェロドローム デイヴェール事件を扱った作品。(RAFLE DU VELODROME D'HIVER)
第2次世界大戦下、ナチスドイツ占領下にあったフランス、パリで1942年7月6日にユダヤ人が大量検挙された事件を言う。ヴィシー フランス政府はナチスの要求するまま、パリとパリ郊外で1万3152人(そのうち4115人は子供)のユダヤ人を警官が検挙した。ヴェロドローム デヴェールというのは、冬季競技場の名前で、検挙されたユダヤ人は、5日間ここに閉じ込められ、屋根のない真夏の競技場で、暑さと食糧、飲料を与えられないまま人々はその後 アウシュビッツなどの東欧各地の収容所に送られた。このような過酷な扱いに、ほとんどの人は生存できなかった。
映画のなかでも、警察に引き立てられた人々が、「どうしてこんなひどいことをするの?私はフランス人よ。あなたも同じフランス人なのに。」とパリ警察に抗議するシーンが出てくる。当時ヨーロッパでユダヤ人が憎まれていたとはいえ、自分たちが自国の警察官によって検挙されてホロコーストに会うなどと、夢にも思っていなかった当時の市民の姿が垣間見られる。この映画は、10歳のサラが、深夜パリ警察に連行されるシーンから始まる。
ストーリーは
1942年7月6日。
深夜、パリ警察が乱暴にドアをたたき、父親の居所を問い正す。10歳のサラは、とっさの機転で、警察は、父親と弟の男だけを連行するのかと思い、弟を子供部屋の戸棚の中に隠し外から鍵をかける。たとえ自分が連行されても取り調べだけで、すぐに家に帰れると思っていた。弟には、どんなことがあってもサラが迎えに来るまで戸棚から出てはいけない、としっかり言い聞かせた。サラと母親は外に出され、別棟に隠れていた父親と共に引き立てられた。両親とサラはジープに乗せられ、競技場に連行され、コンクリートの上で炎天下何日も留め置かれた。その間、弟のことを案じた家族は警官に、弟を見つけて連れてくるように頼み込むが、誰も聴く耳を持たない。サラは熱中症で倒れ、家族はバラバラにされて列車に乗せられ、収容所に向かった。そしてそのまま二度とサラは両親に会うことがなかった。
3日3晩高熱で苦しんだのちサラは意識を取り戻す。弟のことが気になって一時もじっとしていられないサラは、収容所の警備員に鍵を見せて必死で弟を連れてきたいと懇願する。一人の警備員が10歳の子の尋常ではない頼み方に心が傾き、収容所の鉄条網をゆるめてやる。サラは走りに走ってパリをめざす。人家をみつけて家畜小屋で眠っているところを百姓夫婦に助けられる。夫婦には息子が居たが戦場に送られていた。夫婦は、サラを不憫に思い、警察に隠れて危険を承知で自分の娘として育てる。サラのたっての願いで、夫婦はサラを連れて占領下のパリに出かける。もとサラが住んでいたアパートに着いて、サラの持っていた鍵で開けた戸棚には、、、。
2002年ヴェロドロームデヴィエール60年周年記念の5月。
新聞社に勤めるジュリアは、この事件について論評を書くように依頼される。彼女はアメリカ人だが、フランス人の夫との間に14歳の娘がいる。新たに妊娠していることがわかった。家族はパリに居を構えることになり、夫の遠い親戚からパリのアパートを貰い受けたので、改築する予定だ。アパートの寝室には古い大きな戸棚がある。
論評を書くにあたってジュリアは、その古いアパートに戦争時に住んでいたスタルズスキ一家について調べることにする。そこに住んでいたユダヤ人家族は戦時中どんな生活をしていたのか。やがてジュリアは、この家族には2人の子供が居たはずなのに、収容所で死亡した両親の記録があっても、子供達の死亡記録がないことに気がつく。夫の遠い親戚たちや公文書から、家族にいたはずのサラと言う名の子供の足跡をたどる。そしてサラが養父母に大切に育てられ、アメリカに渡り、家庭を持ったことまで調べ上げる。
サラはホロコーストを生き延びてアメリカに渡っていた。ジュリアはその足跡を追って、アメリカに飛ぶ。サラの夫は老体で死の床にいた。サラはその夫との間に息子をもうけていた。息子は幼いうちに母親を亡くしたので、サラのついての記憶がない。
ジュリアはサラの人生を追うことによって、自分の人生がサラの人生の重さに重なって、もうサラを知る前の自分に戻ることが出来なくなっていた。というお話。
才覚ある10歳の娘が最愛の弟を守ろうとして、逆に死なせてしまう。その十字架を背負ったまま戦後まで生き残ったサラが家庭を持ち、息子を育てることになるが、息子が死んだ弟の年に近付くに連れて、原罪意識から逃れられなくなっていく。
哀しい哀しい物語だ。
ホロコーストで殺された600万人の人には、600万のサラのような悲劇的な物語を抱えて死んでいったのだろう。
サラの息子は、かたくなに自分の過去に口を閉ざして、そのまま何も語ることなく亡くなった母親が、ユダヤ人だったことも、ホロコーストの生き残りだったことも知らずに成人していた。彼は母親が残した形見の宝石箱に残された鍵の意味を知らずに、ただそれを思い出として大切に持っていた。
サラの生涯を調べつくしたジュリアは、サラの人生に深くかかわるに連れ、自分が妊娠中であるにも関わらず夫と理解し合うことができなくなり別れて 一人で娘を産む。
ジュリアがサラについてのすべての物語を息子に語り聞かせたあと、息子はふと、ジュリアの赤ちゃんは何という名なの、と尋ねる。何という名前?ジュリアはしばらくためらったあと、サラという名なの。と答える。それを聞いて泣き崩れる息子とジュリアのシーンで映画が終わる。とても心に残るシーンだ。
戦争の激しい暴力にさらされて、奇跡のように生き残った生存者が、戦後しばらくして自ら命を絶った、その胸の内が哀しい。「ソフィーの選択」も同様に戦後を生き続けることができなかった男女のお話だ。人は生き延びさえすれば良いのではない。失ったものが大きすぎる。耐えられるものではない。人はそんなに強い心をもって生まれてくるわけではない。
とても哀しい良質な反戦映画だ。
サラの鍵
一家が自宅から連行される時に弟を置き去りにした自責の念にかられる少女サラが、収容所から逃げるシーンのなんと美しいことか。
ホロコーストを背負った少女の悲しい歴史が、世界の何処かで静かに泣き叫びながら過ぎて行くのを感じる。
ユダヤ人題材
歴史に疎い自分が見ても、分かりやすく仕上がっていました。
ハラハラ系が好きな自分としては、盛り上がりが薄く感じました。
とても
見応えのある作品だった。この歴史的事件をもっともっと詳しく知っていれば、またさらに違った見方ができたかもしれない。
見せ方も素晴らしく、ラストシーンが最高。自然と涙が溢れた。
観て良かったと思える作品!
サラの鍵
「黄色い星の子供たち」と同じ題材を扱っているが、アプローチが全く違う。どっちも良さはあると思うが、この作品の方がより映画的である。C.S.トーマスの魅力、ラストシーンの秀逸さ。美しい。上手い。泣ける。
過去の鍵を開けて
1942年、ナチス占領下のパリ。
10歳の少女サラは、幼い弟を納戸に隠して鍵を掛けるも、そのまま家族と共に収容所へ送られてしまう。
現代。
ジャーナリストのジュリアは、自分の住むアパートでかつて起きたユダヤ人家族の悲劇を取材する内、サラの事を知る…。
あらすじを読んだだけでも胸痛まずにはいられない。
ナチスのユダヤ人迫害によって引き起こされたある家族の悲劇。「アンネの日記」とはまた違う痛切な話だ。
ストーリー展開としては、その悲劇を機に辿る数奇な運命に焦点が当てられている。
弟を救いたい一心で収容所を脱走したサラ。親切な人の助けで家に戻るも…。
さらに取材を続けていくと、ジュリアは、夫の家族がサラの件に関わっている事を突き止める。
自らに重い十字架を背負ってしまったサラ。
事情を知る関係者はこの悲劇を秘密にする。
重く悲しい話ではあるが、過去と現在が交錯するミステリー仕立てで一気に見てしまう。
悲しみの先にある深く静かな感動は余韻が残る。
ジュリア役のクリスティン・スコット=トーマスが好演。
サラ役の女の子の瞳が忘れられない。
自分の下手な文で語るより、まずは見てほしい。
秀作!
ジワーッと感動がこみ上げます。
泣ける
知的
多くを語る必要はありません。ただただ画面を見つめ、癒やされる事の無い哀しみを共有しました。映像も脚本も過不足無く、本当に解り易い。あらすじも説明も入りません。それだけ完成度が高い作品です。クリスティン・スコット・トーマスの精神的な美しさ、大好きです。そしてエイダン・クインが出てたのです。気がつきませんでした。懐かしい‼お太りでしたが充分に魅力的‼映画にはそんな楽しみも有ります。クリスティン演じる編集者はパンドラの箱を開けてしまいました。そこから現実が様々な変化、ドラマが始まります。
サラの過酷な人生を想う。
サラという名はまず「ターミネイター」のサラ・コナー、次に「ロスト・ワールド ジュラシック・パークⅡ」のサラ・ハーディングが思い出される。奇しくも二作ともSF映画だが、実際に起こったベルディヴ事件を基にしたこの映画のサラ・スタルジンスキーも忘れ難い名となった。一番幼い彼女が一番つらい目に遭っているとは・・・ 映画は弟トマはどうなったのか、サラはその後どうしたのかという興味でぐいぐい引っ張っていった。2時間半近い長さにもかかわらず、少しも長さを感じさせなかった。それを追うジャーナリストのジュリア自身も大事な決断を迫られており、その決断の行方も気になった。ぶれないジュリアをクリスティン・スコット・トーマスが落ち着いた安定感ある演技で演じ、すばらしかった。少しずつ明らかになる真実に私がとてもうれしくなった点がある。体制側にも良い人はいたのだということ。「戦場のピアニスト」でも描かれていたが、占領された側にも悪い人はいたし、占領した側にも良い人もいたのだということ。全員が全員ヒトラーの手先になっていたわけではないのだ。たとえ大きな体制を覆すことができなくても、小さいことかもしれないが、自分たちのできることをしようとした人たちがいたということが、この悲惨な映画を救ってくれていると思う。そして、私もできれば、そういう立場になった時、そうありたいと願わずにはいられなかった。この映画を良き手本として・・・
60年前の呪縛から開放されるとき
見る前は、成長したサラと弟が再会してよかったねで終わる話かと思っていたら、そんな甘い話ではないことを思い知る。
本作よりも少し前、「黄色い星の子供たち」という作品が公開された。この作品も、ナチス占領下のフランスでユダヤ人約1万3000人が味方だと思っていたフランスの警察に検挙され、ドイツの強制収容所に送られた1942年7月16日のヴェロドローム・ディヴェール大量検挙事件の悲惨さを描いている。
ただ、本作ではヴェロディヴ事件はあくまできっかけであって、10歳の少女サラが背負ってしまった十字架の重みと、サラと弟のその後を追い求める女性ジャーナリストを並行して描くことにより、ミステリーを紐解くような語り口で60年経った今も癒えない戦争がもたらした深い傷を浮き彫りにしていく。
誰かの手で納戸から抜け出すことができなければ弟がどうなるかは想像できる。捕らえられてから何ヶ月も経っているが、なんとしても自宅に戻って鍵を開けてあげなければというサラの想いが痛々しい。
もし弟が抜け出して何処かで生きていればいれば、サラの危険な行動は無駄になる。
重ね着した服を脱いでも脱いでも下から出てくる胸には黄色い星がついている。ユダヤ人であることを覆い隠せない小さな体に、幼い弟をひとり置いて来てしまった悔恨が重くのしかかる。
アメリカ人の女性ジャーナリスト、ジュリアは家庭の問題を抱えながらも偶然に知ったサラとその家族のその後を調査することにのめり込んでいく。調査はむしろ「暴く」行為にもなりかねない。60年前の呪縛が現代を生きる人間をも巻き込んでいく。それは戦争という人間の行為が残した傷跡の大きさを物語る。
それだけにラストの始末に、なにかホッとするものがある。人は過去から何かを引き継ぐのだという思いからくる感情かもしれない。
現代人の行動が変
戦争中のサラちゃんの場面は非常に切実で面白かったのだが、現代人パートは行動に不自然なところが多くて違和感ばかりを覚えた。
・自分のアパートが元々ユダヤ人が暮らしていたからと言っても別に奪い取ったわけでもなく、死体があったらそれは縁起が悪いけど、でも一家の恥とか極秘にするほどのものか。
・それを原因にアパートを売るのが極端。
・ジャーナリストの女がイタリアまでわざわざ尋ねていったのにユダヤ人の話が出た途端無視する息子、あまりに冷たくないか。どんな変な話でも外国から訪ねて来てくれた人の話を聴くくらいの寛容さは普通あるだろう。
・しかしその際、女は批判的に臨んでいた意図が分からない。サラについて聴きたかったのではないのか。それなら「どんなお母さんでしたか?」とまず聴いて流れで秘密の話になるのなら理解できる。
・介護を必要としていたサラの夫が、てっきりもう呆けているのかと思ったら随分しっかりしていた。あのくらいなら外国から来たジャーナリストに話くらいさせてもいいんじゃないか。
と言った具合で、現代パートは物語の進行の都合で人々を雑に扱っている感じがとてもした。
物語の山場はサラちゃんが弟を発見する場面だったため、その後の時間はけっこう退屈だった。しかし、サラちゃんの演技がすばらしく、魅力的だったので大人になって別の人になってしまったのも残念だった。
後半がちょっとがっかりした・・・
主人公の生き方にがっかりした。結果的に弟を餓死させた罪に、耐え切れず自殺するのだが、逆に生きて償うべきだったと思う。子供を育てる義務を放棄するなんて、後に苦労するであろう旦那様の事も考えず、育ててくれた義理のある年老いた養父母の面倒も見ず、何て自分勝手なのだろう。結局大人に成り切れなかったんだなと、思ってしました。<ソフィ-の選択>の主人公なら、死にたい気持ちは理解できるのですが、家族や友人を犠牲にして、生き残ったのなら、もっと自分の命を大切にして欲しかった。犠牲なった人達の死が、無駄になってしまって、憤りを感じました。収容所を抜け出すシ-ンも安易だし、ゲシュタポが弟を見つけれられないはずも無い。しかも、そんなに長い期間、死体に気がつかないのも、非現実的だった。
サラの関係者が思わず涙ぐむラストのワンシーンが感動的。そこ1点のためにあるような作品。
ミッション:インポッシブルのプレミアム試写会を飛ばしてまで、こちらを選んだくらい生き込んで出かけた試写会となりました。サラの関係者が思わず涙ぐむラストのワンシーンが感動的で、納得の一本となりました。全ては、そのシーンのために組み立てられたような作品なのです。
ユダヤ人収容所を描いた作品で子供が主人公のものでは、「縞模様のパジャマの少年」が名作としてお奨めです。同作も含めて収容所モノは、収容されてガス室に送られるところで終わりを迎えるのが普通でしょう。しかし、本作では主人公のサラが収容所を逃亡したあとが長く語れるところが違っています。
またサラの逃亡後の行方を、現代の視点でストーリーテラーとなって追いかけていく女性記者ジュリアの物語にもなっているところが、他の単なる収容所モノと大きく異なるところです。
ジュリアが高齢出産を決意するまでの現代の話とサラのその後が巧みにリンクしているところがよかったです。サラが収容所に行き着くまでは、とても重く、心が痛む映像が続きます。しかし、時々現代にスイッチすることで、いい息抜きとなっていました。現代と大戦当時のスイッチの仕方がいいバランスなんですね。
サラの悲劇を知ったジュリアがいのちの尊さを強く感じて、夫の反対を押し切って、高齢出産に望むストーリーは、同じような悩みを持っている女性にとって救いとなるストーリーではないかと思います。産もうか降ろすか悩んでいる人が居たら、勇気と愛情がこみ上げてくる作品なので、ぜひ鑑賞をお勧めします。
さて、舞台は1942年、ナチス占領下のパリで起きたユダヤ人迫害事件。なぜナチでなくフランス警察がユダヤ人を率先して検挙したのか、本作を見るまでは半信半疑でした。でも、捕まったユダヤ人に罵声を浴びせる市中のフランス人を見せつけられて、相当にユダヤ人に対して、経済的な嫉妬心を持っていたことが理解できました。それで当時のフランス人は、ユダヤ人のジェノサイドを支持したようなのです。
けれども収容されたサラが逃走するとき恩情で見逃す青年将校や、サラを匿う農夫一家の存在にフランス人に人権擁護の善意は失せていないことも感じました。フランス人のユダヤ人に対する複雑な思いは後に迫害への加担を認めた大統領演説で落着します。でも今なおフランス国民の心の傷は癒えることがないようです。
但しストーリーは、現代でジュリアがユダヤ人迫害事件を特集企画して、当時の遺構を取材して廻るところから始まります。その取材過程で、ジュリアはサラというユダヤ人女性の存在を知ることになるのです。
2人の接点はパリのアパート。ジュリアのフランス人の夫が祖母から譲り受けた部屋のかつての住人はユダヤ人家族だったことが偶然わかるのです。一斉検挙の際、姉のサラはとっさに弟を納戸に隠しその鍵を握りしめたまま収容所へ。そして現代。ジュリアはその後のサラと弟の足跡を克明に追うことになります。
ジュリアの取材が進むごとに、サラの消息が明かになっていきました。
ジュリアがとりつかれたように、サラの消息の確認にのめり込んでいったのは、その「真実の追求」がフランス国民の共通の心の傷に迫ることに繋がるからだったのでしょう。そして、次第にサラの気持ちに同化していったジュリアは、弟の足跡を確かめずに居られなくなったのです。
けれども、その謎の当事者として夫の実家が、連行されたサラの一家の部屋にその後引っ越した事実を掴んだジュリアは、夫の親族に対する疑惑の眼差しを向けてしまいます。
真実の追求は常に苦痛と恐怖を伴うもの。でも、ジュリアにとって歴史の中に真実を葬り去るわけにはいかなかったのです。それがたとえ夫婦関係が破綻を招こうとも本当のことを知ろうと、夫の実家に体当たりしていきます。
一方、弟を置き去りにしたサラの罪深い思いには、驚かせられました。ジュリアがやっとの思いで出会うサラの息子は、自分がユダヤ人の息子であることすら知らさせていないほど、かつての迫害を警戒していたようです。警戒心と贖罪の思いゆえに、 母の愛を感じずに育ってしまった息子が、真実を知ったときの驚きようが感動的でした。必至に守ろうとしたことがわかったのですね。
しかし、贖罪の思いはサラを悲劇的結末に追いやります。しかし、ここで描かれるのはユダヤ人女性の悲運な生涯だけではなかったのでした。たとえサラが死を迎えようとも、命というものは形を変えて連綿と続いていくことになるのです。ジュリアがどんな形でそれを受け止めて、いのちを紡いでいこうとしたのか。ちょっとフェイントを効かした小憎い演出が、感動のラストに繋がります。
その命の連鎖、生命の尊厳こそサラが我々に遺のこしたメッセージではないでしょうか。
この手の作品としては、映像も暗くならずなかなか綺麗でした。
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