ドラゴン・タトゥーの女 : インタビュー
デビッド・フィンチャー監督が希代の映像作家と呼ばれるワケ
デビッド・フィンチャー監督が、全世界で累計6500万部を誇る3部作のベストセラー小説の第1作「ドラゴン・タトゥーの女」を映画化した。小説の母国スウェーデンでは、既に3作すべてが映画化されているが、“オリジナル”にとらわれることなく疾走感がみなぎる極上のミステリーに仕上げた。今月26日に発表されるアカデミー賞では、ヒロインに抜てきしたルーニー・マーラの主演女優賞をはじめ5部門でノミネートされ、満足げな笑顔。シリーズ化についても、条件付きながら前向きな発言で期待を抱かせた。(取材・文/鈴木元、写真/堀弥生)
メガネを頭の上に乗せ、両脚をチェストに投げ出している。リラックスした格好でインタビューに応じるフィンチャー監督。なんとも気のいいおっちゃんといった風情だが、その口から発せられる言葉は、自信に満ちウイットに富んだものだった。まずは気になるのが、なぜ4年前にスウェーデンで映画化された原作にあえて挑んだのかだ。
「私が資金を出しているわけではないし、雇われて監督をしただけ(笑)。とはいえ、全く同じ脚本を2人の監督に与えたら、全く違う映画になるだろう? 今回も原作が同じとはいっても全く違う脚本で、それが優れた脚本家によって書かれた素晴らしいものだから、それだけを読んで映画にしたいと思ったんだ」
「シンドラーのリスト」(1997)でアカデミー賞脚本賞を受賞し、昨年の「マネーボール」などでも知られるスティーブン・ザイリアンの脚本に興味を抱いたと強調する。中でも、主人公のジャーナリスト・ミカエルとヒロインのリスベットの2人にほれ込んだという。
「2人がお互いを高め合う関係性で、それぞれが変わっていくところに魅力を感じた。そういうキャラクターに出会ったことがないし、少なくとも今までの私の映画では扱ったことがなかった」
ミカエル役は、かねて想定していた旧知の仲のダニエル・クレイグ。そしてリスベット役は、スカーレット・ヨハンソンやナタリー・ポートマンら名だたる女優が名乗りを上げたが、数百人のオーディションで前作「ソーシャル・ネットワーク」でも起用したマーラに託した。記者会見でも、本当に彼女のことがかわいくてしようがない様子だった。
「もちろん彼女のことは大好きだし、同時に努力家であり素晴らしい演技の技術を持っていると思う。リスベットに求めていることを、微妙なところまで表現できることは分かっていた。オーディションの過程でも、彼女の見せた努力、諦めない気持ちはすごい。ひとりの人間が役を得るために、あそこまで努力をしたところを見たことがなかった」
確かにリスベットは、暴力にさらされた凄惨な過去を持ち、背中の竜など体中にいくつもの入れ墨を施し、まゆや鼻などに無数のピアスを付けている。その立ち居振る舞いだけで観客の目を奪う存在感があり、原作の世界観を損なわないためにこだわったというロケ地・スウェーデンの寒冷な風景に立っても独特の雰囲気をかもし出す。ただし極寒のロケは相当にこたえたようで、肩をすぼめるジェスチャーを交え苦笑いで振り返る。
「ローカルのスタッフは、(どれほど寒いかが)分かっているから重装備なわけ。けれど、ロサンゼルスから行ったスタッフは本当にひどい目に遭った。9時間ぶっ通しで寒さに震えていると、いかに体力を消耗するかということを学んだよ。それを1日でもやると、その後何日間も眠れるくらい消耗するんだ」
リスベットがバイクで疾走するシーンは、「何回撮り直したか数えていない。1週間も撮っているような感覚だった」というほどテイクを重ねたという。そんな苦労もあったが、完成した映画は日本語翻訳版でも950ページに及ぶ情報量の多い原作を2時間30分余に凝縮。次々に伏線を畳み掛け、2人が40年前に失踪した少女の真実に迫っていく過程を緊張感たっぷりに、テンポ良く見せていく。
「編集のことは、いつも入念に考えているからね」
事もなげに言うが、そのあたりが希代の映像作家と呼ばれる手練か。さらに、真相を探り当てたミカエルが命の危機にさらされるシーンでは、ヒーリング効果たっぷりのエンヤの「オリノコ・フロウ」を使うなど、独特の感性にあふれている。
事実、アカデミー賞ではルーニーをはじめ、盟友のジェフ・クローネンフェス(撮影)、カーク・バクスターとアンガス・ウォール(編集)など5部門でノミネートを果たした。これには「スーパー・ハッピー。とても誇りに思っている」と相好を崩す。
「スタッフを雇える立場にいる者として、最適の人を選び、その人たちがベストの仕事ができる環境をつくってあげることが責任だと考えている」
まさに有言実行。だからこそ、「火と戯れる女」「眠れる女と狂卓の騎士」と続くシリーズ化を期待するのは必然だ。会見では「お客さんがたくさん入ってくれれば」と含みをもたせたが、実際のところはどうなのだろう。
「それはこの先、どういうことが起きるかによる。正直に言うと、いい脚本ができるか、観客が2作目を求めているかどうかで判断するかもしれない。私のスケジュールもあるし、ひとつの映画ができ上がるまでには惑星直列のようにすべての条件がタイミング良く並ばなければならない。『ドラゴン・タトゥーの女』のオファーも、『ソーシャル・ネットワーク』を撮り終えた時で、パーフェクトとは言わないけれどある程度条件がそろったからイエスと言ったんだ。だから、何カ月かたった時点での状況を見て、本当に作るべきかどうか判断するよ」
明言こそ避けたが、個人的にはやる気十分と見た。やはり期待をせずにはいられない。
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