劇場公開日 2012年9月15日

天地明察 : インタビュー

2012年9月13日更新
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「天地明察」宮崎あおいが説く“待つ”行為のもつ意義

宮崎あおいにとって、“待つ”という行為は一切の苦痛を伴わないものだという。「“待つ”ことは好きです。待ち時間も大好きですし、ずっと待っていたいくらい(笑)」。初めて滝田洋二郎監督とタッグを組んだ「天地明察」で演じた村瀬えんは、岡田准一扮する安井算哲(後の渋川春海)の帰り待ち続ける役どころ。えんという人物に何を思い、どう演じたのか、宮崎が語った。(取材・文/編集部、写真/本城典子)

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第7回本屋大賞、第31回吉川英治文学賞を受賞し、第143回直木賞候補になった冲方丁氏の同名小説が原作。800年にわたり使用されてきた暦の誤りを見抜き、日本独自の暦を作り上げた主人公・算哲が、数々の挫折と別れを繰り返しながら改暦の大事業に挑む姿を、第81回アカデミー賞で「おくりびと」が外国語映画賞に輝いて以来、初メガホンとなる滝田監督が映画化した。宮崎扮するえんは、算術家で村瀬塾を営む兄・村瀬義益(佐藤隆太)を通じて算哲と出会い、やがて妻となる美しく気丈な娘だ。

原作のえんは、夫を陰から支える健気さとともに気性の荒さも際立っていたが、映画では芯の強さと女性らしい優しい気遣いを併せもつ大和撫子という新たな像を作り上げた。宮崎は、「滝田監督から原作を読まなくても大丈夫とうかがっていたので、自分のなかでえんを作り上げるのに使ったのは台本だけでした。台本を読む限りでは、気の強さというか女性としての自己主張のある人だなっていう印象を抱きました」と述懐。具体的にどう演じるかはあまり考えなかったというが、「ちょっと男っぽい部分は私とかぶるんです。ただ、ここまではっきりと人にものを伝えたりすることはありませんが(笑)。いずれにしても、こういう気持ちの良い女性は格好いいですね」と自らとの共通点を見出しながら、えんの魅力を語る。

宮崎と時代劇、といえばNHK大河ドラマ「篤姫」での姿が脳裏に思い浮かぶ。今作でも日本人女性の粋な所作、立ち居振る舞いなど流れるような動きは、はんなりと美しく、意図せずともその姿を目が追ってしまうのは、宮崎が長年にわたりコツコツと積み上げてきた演技の幅があるからにほかならない。

「演じる方としては、かつらも重いですし、お着物も重いので大変は大変なんです。洋服とは動ける範囲も全く違いますしね。ただ、お着物ならではの動きっていうのは美しいと思いますし、『篤姫』を1年2カ月にわたりやらせていただいたベースがあるからだと思います。お着物だからといって動きが小さくなるというか、おさまった感じになるのがいやなので、自由に動けるようにありたいなと意識を向けています」

また、「劔岳 点の記」(2009)では浅野忠信演じる柴崎芳太郎の妻・葉津よを演じているが、測量と天体観測という違いこそあれ、過酷な任務に向かう夫を優しく包み込み、見守る姿は今作にも相通ずるものがある。ともに“待つ”ことに変わりはないが、えんは本来受身であるはずの行為を前向きに楽しんでいる節がある。その理由は、えんが“待つ”ことを心に決めたからではないか。宮崎は、えんの心の移ろい、決意を「算哲さんに魅力があると思えたからこそ待っていられたんだと思います。でなければ、待つ必要なんてないですものね」と理解したうえで演じきった。

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主演の岡田とは、劇団ひとりの処女小説を映画化した「陰日向に咲く」以来、約4年ぶりの共演となった。徳川家に仕える碁打ち衆の家に生まれながら、算術と星をこよなく愛する算哲は、岡田の役者としての新たな一面をうかがい知ることができる役どころといえる。また、激しい気性と凶暴ともいうべき行動力をもつ水戸藩主・水戸光圀を演じた中井貴一、会津藩主で算哲に改暦事業を命じる稀代の名君・保科正之に扮した松本幸四郎をはじめ、市川猿之助、笹野高史、岸部一徳、市川染五郎ら豪華な面々に臆することなく、岡田は“座長”として先頭に立ち、撮影中もけん引していった。

その姿勢は、撮影後半の2週間というスケジュールで滝田組に合流した宮崎への気遣いにも表れた。「できあがった現場に入っていくというのは、普通に現場に参加するよりも緊張を伴うものです。皆さんのチームワークもできあがっているなかに後から入るわけですから。その不安みたいなものを感じさせないというか、現場での居心地の良さを与えてくれたのは、岡田君の存在だと思います。たくさんしゃべるわけではないんですけど」。その波及効果は、撮影隊全員からもにじみ出ていたそうで「監督やスタッフさんの『やっと来たね』みたいな思いに救われました。途中参加なのに、とても濃厚で豊かな時間を過ごすことができて、本当にありがたかったですね」と笑みを浮かべる。

今年は、上半期に原田眞人監督作「わが母の記」が公開され、今作の後は阪本順治監督、吉永小百合主演「北のカナリアたち」が控えている。来年も、すでに向井理との初共演作「きいろいゾウ」、石井裕也監督作「舟を編む」、石川寛監督との6年ぶりのタッグ作「ペタル ダンス」と3本が待機。99年の銀幕デビューから着実に実績を積み上げ、来年公開の3本を含めれば映画出演は40本に達した。さらに今年は、是枝裕和監督が演出を手がける10月クールのドラマ「ゴーイングマイホーム」に、「しあわせのシッポ」以来、実に10年ぶりに民放の地上波ドラマに出演するなど、映画女優としての枠を軽々と越える活躍をみせている。

これまでの活動を振り返る宮崎は、周囲への深い感謝の念をにじませる。「昔のほうが根拠のない自信があった気がします。もともと自分に自信があるタイプではないのですが、若さって怖いもの知らずの一面もあって武器になるじゃないですか。でも、26歳になっていろいろな現場を経験させてもらうなかで、たくさんの人の力があって自分が成り立っているんだと感じますし、自分が無力だということを感じることも多くなっています。そういう意味では、現場を重ねれば重ねるほど自信がなくなっていくんだなあと感じます」。この姿勢があればこそ、宮崎が映画人たちからの寵愛を受け、必要とされるのだと深く納得させられた。宮崎の躍進は、まだまだ止まりそうにない。

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