「愛情と奉仕による家族の在り方」わが母の記 Chemyさんの映画レビュー(感想・評価)
愛情と奉仕による家族の在り方
「家族の在り方」を描く作品は多い。本作の家族は、有名作家である主人公と認知症の母の“記憶の行き違い”を軸に、愛情と奉仕によって強く結ばれた家族の物語だ。井上靖の自伝的小説が原作なだけに、昭和時代のセレブな暮らし向きが興味深い。家族たちは静岡の実家、東京の本宅、長野の別荘などでその折々を過ごし、一流ホテルで母の誕生パーティーを催したりと、豊かで満ち足りているように見える(夜食に食べるシュークリームの美味しそうなこと!)。しかし、母の認知症は年々ひどくなり、娘の顔も判らず、夜中に徘徊を繰り返す。介護を一手に引き受けた孫娘は、認知症の祖母と本気でケンカをするなど、同情や義務からではない、愛情からなる真の奉仕を見せる。
では、この幸福そうな家族の中で、母はいったい夜な夜な何を探しているのだろう?息子の顔も判別できないが、彼女の中で息子の“記憶”は鮮明だ。しかし母の持つ“記憶”は、息子の“記憶”とは大きく異なる。幼い頃、祖父の愛人に預けられた息子は、「母親に捨てられた」と思い、実母に対して素直な愛情を抱けないでいた。しかし母が息子を手放したのには、ちゃんとした理由があったのだ。今、母は離れて暮らさなければならなくなった息子を、夜も昼も探し求めている。息子がその事実を知った時には、母の認知症はだいぶ進んでいたが、母には息子の気持はちゃんと伝わったと思う。息子に負ぶわれた母の見せる、人生の苦しみを全てぬぐい去った無垢の微笑み。母を演じた樹木希林の、子供のような、菩薩のような、穏やかで愛らしいその表情に胸が熱くなる。
一歩間違えば重くなりがちなテーマを、終始笑いを交えることで、上品で上質なホームドラマに仕上がっている。ただ1つ残念なのは、恍惚の域に達した母の死のシークエンスをラストに持ってきたこと。年老いた母の死は、当然予想できるものなので、せめて物語の中では、穏やかに庭の紅葉を見る縁側の母の姿で終わってほしかった。この母にとって、死とはドラマティックなものではなく、今の安住の延長に過ぎないのだから。
ここに描かれる前向きで愛情深い家族の姿は、デスコミュニケーションな現代の家族には無いものかもしれないが、相手を思いやり信頼するという気持ちは忘れないでいたい。