「余裕と悪態。」わが母の記 ハチコさんの映画レビュー(感想・評価)
余裕と悪態。
個人的に自分には兄がいて、さらには息子がいるせいか、
母親から息子への愛。は自分自身でよ~く分かっている^^;
(もう少し言うと、息子が母親命!になるのも)
なので冒頭の、母親と主人公の雨の別れ。のエピソードが
(これが彼には相当のトラウマだったのだろうけど)
まさか、母親が息子を捨てたりするワケないだろーが!と
そこに何らかの理由(これもほぼ予想通り)があると思った。
でもねぇ、子供にそんなこと分かるはずがないのだ。
小さい頃の、その鮮明な記憶だけが、彼をずっと苦しめた。
では母親の方は、どうだったのだろうか。
主人公が聞きたくて仕方なかったその真相は、
意外な所で、さらに意外な人物によって、明かされる…。
本作のテーマは、そこなんだと思っていた。
母親が認知症を患いながら、その真実を語り、主人公が号泣
するシーンを期待していた私は(号泣はしてたが)、その場面の
意外な淡白さに驚いた(もちろん感動はしたけれど…)
井上靖の自伝的小説の映画化、さすがに文学作品とあって
監督が原田眞人だというのに(爆)インテリ度がバリバリで^^;
知的で崇高な会話が飛び交う、飛び交う。かといって嫌味な
シーンが多いわけではなく、凄いな~この家。とか、わぁ~
別荘だ。とか、何しろ井上靖だから^^;当たり前のように豪華。
これだけ裕福だから介護もできたんだろう(それは、あるぞ)と
やっかみのひとつも出てきそうになるが、でもそれは本当だ。
介護の大変さ(程度にも因ろうが)は、経済的にも精神的にも
ある程度のゆとりがなければ、看ている方が先に参ってしまう。
今作でも兄妹の多さ、使用人を始め手助けする人達の多さが
格段に現在とは違う。たった一人の子供がたったひとりの親と
向き合って介護をするのは、立場を変えると子育て中に起こる
育児ノイローゼと同じである。立場を分かち合う人がいたから
なんとかその苦境を乗り越えられた、という経験は多いものだ。
赤ちゃんにしても老親にしても、憎むべき存在ではないのに
(むしろその逆なのに)悲しいかな、精神的疲労は愛情を裏返し
してしまうものだから辛い。今作では優しい孫(宮崎あおい)が
祖母の世話をかって出るが、やがて彼女に精神的疲労が溜まり
爆発するところがとてもリアルだった(立ち直りが早すぎるけど)
まぁこれが、家族なんだな…と思うのだが。
自分を捨てたはずの母親をどうしても切り捨てられない。
愛されたくて、抱きしめてもらいたくて、仕方なかったのだろう。
憎む気持ちと愛を乞う気持ちが入り混じる息子の苦悩を、彼は
小説の中で昇華させていた。その小説を書かせる意欲を与えた
トラウマの謎が、実は母親以外の人物からも明かされなかった、
という二段構えのオチがすごい。才能は、その人物を取り巻く
人々が開花させるものだということをあからさまに描いている。
冒頭で妹たちが口々に云う、お兄さんは幸せだったわよ~!は
本当だと思った。幸せですよ、伊上洪作さん。貴方は本当に…。
個人的に重なった部分は、まだあった。
私の父親は小さい頃奉仕に出されたり、兄弟は養子に貰われたり
していったそうだ。貧乏と裕福の違いがあっても離されたわけだ。
しかし子供時分の想い出というのはどうしてこう鮮明なのだろう。
その頃に親の愛情いっぱいに受けて育った子供たちが、成人して
多くの人に愛情を与えられることが本来は望ましいのだろうな。。
今作に登場する家族に悪人はおらず(当たり前か^^;)そこへ飄々と
悪態をつく祖母の姿がやけにおかしい。心に余裕があるというのは
こういうことなのだ。苦笑いも幸福のひとつの象徴かもしれない。
(樹木希林は、まんまの演技^^;絶妙な素を持っているのが羨ましい)