ツレがうつになりまして。 : インタビュー
宮崎あおい&堺雅人、2度目の夫婦役で得た絶大な信頼感
時代設定やストーリーが異なるとはいえ、俳優にとって、過去に演じた役柄が印象深ければ深いほど、それと似た役を再び演じる機会が訪れたときのハードルは必然的に上がるものだ。「ツレがうつになりまして。」で再共演を果たした宮崎あおい(「崎」は正式には旧字、「大」が「立」に)と堺雅人にとって、夫婦役は大河ドラマ「篤姫」に続いて2度目。しかし、ふたりの間に流れていたのは、以前演じたことのある夫婦役というハードルではなく、「心から安心できる相手」「役者として相性がいい役者」という絶大な信頼感と尊敬だった。宮﨑と堺だからこそ描けた“ツレうつ”夫婦像について話を聞いた。(取材・文/新谷里映、写真/堀弥生)
原作は、実話から生まれた細川貂々(ほそかわてんてん)の同名コミックエッセイ。夫がうつ病になったことで成長していく妻、そして夫婦の姿を、明るくコミカルに綴り、“ツレうつ”の愛称で人気を得ているベストセラーだ。そんな原作の良さを最大限取り入れつつ、映画は誰もが共感できるラブストーリーに仕上がっている。
妻の晴子こと“ハルさん”を演じた宮崎自身は「幸せな経験だった」と顔をほころばせる。「夫婦の話、日常の話をこんなに自然に表現できたというのは、自分にとって幸せなことだったんです。(完成した映画を見たら)本当に“そこにいる”夫婦に見えて、すごくうれしかったんですよね。そんな夫婦を表現できたのは、堺さんが隣に居てくれたから……」。その言葉に続けて堺も、「僕のなかでは、VS宮崎あおい第2弾なんですけど、3年前の『篤姫』のときの印象もお芝居をしている感覚もぜんぜん変わっていなくて、すごくやりやすかったんです。あったのは絶大な安心感のみ」。2人の役者としての相性の良さは、3年間に出会ったときにすでにあったというわけだ。
原作者の細川さんと夫の望月昭さんと実際に会い、話す機会があったそうだが、ふたりを手本にする選択はしなかったという。貂々さん夫婦に近づこうとしなかったことが、より多くの人を共感させる夫婦像を作り上げることになったと分析する。
堺は、「僕らにしかできない“ツレうつ”をやりたいと思ったし、それには、僕らの中から生まれてきた“何か”で勝負をしないとと思ったんですよね。夫婦についても、うつ病についても、人間関係についても、正解がどこかにあって、そこに近づくというやり方はしなかった。100%の夫婦があってそこに近づくものではない、ということに気づけたのは大きな発見でしたね」と話す。一方の宮崎も「貂々さんは原作者でもあり、大事なスタッフさんの1人でもあって、その関係性もよかったんじゃないかなって思うんです。撮影現場のセットでイラストを描いてくださったんですよ! 貂々さんの新しい本には、この映画のことも出ているんです(笑)」と大きくうなずく。ハルさんを演じるにあたっては、クランクイン前に細川さんから直々にペンの持ち方やイラストの描き方を伝授された。
また、原作ではマンションという設定を一戸建ての日本家屋にしている点も、俳優陣にとっては原作を意識させない理由のひとつとなった。特に、うつ病役の堺にとっては「居心地のいいセットは、それだけでありがたいものだった」と、美術スタッフ渾身の高崎家について語る。
「日本家屋だとリラックスして話ができるし、イグアナとの目線も同じぐらいになる。家族の一体感がぐっと増した気がします。リラックスしてお芝居が始められるというだけで、作品の質が何割かアップすると思うんです。随分と助けられましたね」。ハルさんとツレとイグアナと床の距離感を近くすることで高崎家の温かさを表現したかったという佐々部清監督の狙いは的中し、“ツレうつ”夫婦の距離をギュッと縮めた。ちなみに、佐々部監督作品のほとんどの美術を務める美術監督(若松孝市)の用意した、10メートルの長い縁側はスタッフ&キャストお気に入りの場所で、高崎家を象徴する場所として温かな存在感を放っている。「あのセットに住んでいたかのようだった」という宮崎の現場を懐かしむ言葉からも、どれだけ居心地のいい現場だったのかがうかがえる。
そして宮崎は、「ずっと以前から一緒に仕事がしたかった」と熱望していた初参加となる佐々部組での日々について──「実は10年以上前に佐々部監督の作品のオーディションに行ったことがあるんです。その監督に呼んでもらえたことが本当にうれしくて。今まで女優を続けてきてよかったなと思いました。さらにこの作品は、監督が4年間温めていたものだとうかがって……。私はお芝居という形でしか力になれないけれど、頑張りたいって思ったんです。佐々部組はとてもいい組でした」
一方、先に公開された「日輪の遺産」に続いての佐々部組となった堺は、「顔なじみの方が多かったのはありがたかった」と振り返る。「快適な家の空間もあいまって、肩の力が抜けるような“ただいま!”と言って家に帰ってきたような感じでした。病気の役なので、不安な方へ不安な方へ自分を追い込んでいきたいんですけど、安心できる人たちが周りにいないと不安になれない気がしていたんですよね。だから(特に妻役が)宮崎さんでよかったなと。どうやったら病気に見えるだろうって考えていた思考回路が、彼女と一緒にいると、ああ、特別なことは何ひとつしなくていいんだ……という安心感に変わるんです。1人で高めていた電圧を(宮崎あおいという)アースに流している感じというか(笑)。本当に心地よかったし、ありがたかった」
「堺さんは安心して一緒にいられる人。堺さんがいるなら絶対に助けてもらえる! と思える」「僕の方こそ、あおいちゃんとなら絶対に大丈夫だ! 楽ちんだ! って。でも、それって噛み合わなかったら危なかったってこと?」「大丈夫、噛み合うから(笑)」と、撮影だけでなく取材の場でも、あうんの呼吸をみせていた2人が思い出に残るシーンに挙げたのは、綿密なリハーサルを重ねて挑んだケンカのシーン。「2人のすれ違いをどう表現するのかを練ったシーンなんですが、あのときの、あおいちゃんの悪~い目がね……いいんですよ(笑)」と明かすと、宮崎は照れくさそうにほほ笑む。
1度目の印象を引きずることなく2度目の夫婦役を演じきった2人だからこそ、観客はまた共演を望んでしまうわけだが、次に共演するとしたらどんな役を演じてみたいか。「とことん夫婦を演じるっていうのも面白いと思うけれど……」「ここまで相性の良さをアピールしたら、私たちの演じるハードルも高くなるよね?」「じゃあ、(アンパンマンの)ドキンちゃんとバイ菌マンみたいな関係は? 僕は好きなのに、あおいちゃんに嫌われるっていう(笑)」。やはり仲がいい。次回の共演も大いに楽しみだが、「ツレがうつになりまして。」でも理想の夫婦像は見逃せない。