「グルメ映画と比べて、目の前で料理するのでなく、回想のなかで料理という設定が、いまいち感情移入しずらかったです。」極道めし 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
グルメ映画と比べて、目の前で料理するのでなく、回想のなかで料理という設定が、いまいち感情移入しずらかったです。
前作の『ブタがいた教室』がよかったので同じ前田哲作品として期待して試写会に参加しました。だけど、この刑務所内のグルメコンテスト大会話は、なんと料理する話でなく、囚人たちが記憶のなかの思い出の味を披露して自慢しあうイベントだったのです。
『カモメ食堂』などのグルメ映画と比べて、目の前で料理するのでなく、回想のなかで料理という設定が、いまいち感情移入しずらかったです。
回想とはいえ、5人の登場人物が語る思い出の味のシーンは、それぞれ料理が登場するところが出てくるのですけれど、他のグルメ映画の佳作と比べて、おいしさを伝える執念が足りないと思うのです。どうだ上手いだろうといわんばかりの気迫としつこさで、登場する料理を舐めるように撮るぐらいの映像が本作にはあって然るべきでしょう。
それとオチがイマイチ盛り上がらなかったと思うのです。物語は、新入りの囚人健太を軸に進むのです。ところが肝心の正月のおせち料理争奪戦の結果を待たずに健太は出所し、ボス格の八戸は病気になって外れてしまいます。これでは争奪戦の盛り上がりがしぼんでしまうではありませんか。『ブタがいた教室』では、子供たちが飼っていたブタを殺して食べるのかどうかで結末は凄く盛り上がりました。本作も同様に、おせち料理争奪戦での盛り上がりをもっと派手に描いて欲しかったです。
健太の出所を待ち続ける健気な彼女との顛末をラストに持っていって、感動の涙を計算したため、肝心の極道めしのほうがやや霞んだキライが出てしまいました。
それでもオムニバス風の原作マンガを、よくぞここまで一本のドラマに前田監督は仕上げたものだと感心します。設定だけを借り、人物も、語られる食べ物の内容も自由に作り替えたそうです。それでも長編としての起伏を生み出すのは一苦労だったでしょう。さらに刑務所という固定された舞台設定で、可能な限り変化を生み出した構成は評価したいと思います。
さてそのお話ですが、新入りの囚人健太が204房に収監されたとき、同じ房の受刑者たちが、突然「この房の年末恒例の行事」と呼ぶものを始めようと宣言します。健太は、自分へのリンチが始まるのではないかと思わず身構えます。けれども、全員ちゃぶ台の前に整然と正座する姿を見て健太は唖然とするのです。
受刑者たちは、クジで順番を決めると、おもむろに一人ずつ話しはじめます。そこで話されるのは食べ物の話でした。それは彼らが、楽しみが少ない獄中生活を何とか凌ごうと編み出した、年1回の恒例イベントだったのです。
そのイベントとは、思い出の味を競い合うこと。ルールは簡単。かつて自分が口にした食べ物の中で、最高においしいと思ったものの話をして聞かせ、それによって聞き手の誰かの喉を「ゴクリ」と鳴らすことができたら一点加算されるというだけの単純なものでした。そして、その数の多い者が勝者となるのです。
では、このゲームに勝つとどうなるのか?
受刑者待望の正月の御馳走の中から、一品ずつ好きなものを奪う権利が得られるのです。こいつからはキントン、あいつからはエビ、という具合に。
では、この争奪戦で、どんな料理が語れたのでしょうか。
たとえば、元ホストが語る玉子かけの黄金めし。店の金を横領して逃げ帰った実家で、母が黙って出してくれたのは、焼きとうもろこしとバターを加え、庭のニワトリが産んだばかりの黄身の濃い生卵玉子ぶっかけた熱々のごはんだったというもの……。思い出話に出てくる食事は実においしそうです。
他に登場するのが、カルボナーラ入りのオムライスにカレーをかけたオムカレボナーラ。実物大のおっぱいプリンのド迫力には苦笑してしまいました。あと訳ありのホットケーキも登場しますが何と言っても、八戸が語る最高級の和牛のスキヤキには参りました。見ているだけで喉がゴクリと鳴りそうです。あんな高級素材を出してくるなんて、反則でしょう。誰が優勝するのかネタバレしなくとも分かってしまう話ではありませんかね。
しかし、話として感動したのは健太が警察に追い詰められたとき、彼女が最後に作ってくれたインスタントラーメン。これがめちゃくちゃ上手そうなラーメンだったのです。インスタントでもこのように作ればごちそうに変わるものだと、思わず目を見張りました。加えて、これから逮捕される恋人に、ありたけの気持ちを込めてラーメンを作っているときの彼女の表情が健気で、泣けてくるのでした。
このように思い出の味話は、同時に彼らの過去をも語るものになっていたのです。食べたときの状況を語らなければ、そのおいしさがうまく伝わりません。そのために真剣に語られる彼らの過去は、滑稽であり、悲惨であり、どこかほろりとさせるものを感じさせてくれました。
但し受刑者たちが語る自分たちの過去が本当かどうかは定かではありません。けれども、そこで語られている食べ物への熱い思いだけは真実だと素直に受け止めることができました。そして、見ているうちに、その房が、彼らにとって、どこよりも居やすい疑似的な家庭のようにも思えてきます。ただそれは出所していくまでの、疑似的な家庭にすぎないのでした。
そんな出会いと別れの悲哀も、ラストにはきっちりと描かれます。
受刑者役の五人の俳優それぞれ魅力あるキャラを演じ競い合っています。なかでも、八戸役の麿赤兒の存在感が際立っていました。この役は周囲に誤解を与えたままの役柄。八戸は自分を大物ヤクザと虚構を張っていたのです。自分を虚構化したい願望をまるで画に描いたような八戸。持ち前の貫禄で黙っていても大物に見えてしまうところが麿赤兒の凄みですね。
口の悪い勝村政信、元ホストの落合モトキ、落ちこぼれ相撲取りのぎたろー、そして、若いやくざの永岡佑のキレた演技も感情がこもっていました。
女優陣では、田畑智子や内田慈が印象に残りました。なにより健太の彼女役として可憐な恋人役を演じている木村文乃が魅力的でしたね。
追伸
ラストに流れる「上を向いて歩こう」の歌声だけは余計かも?