「笑いと裏切り」さや侍 にいるさんの映画レビュー(感想・評価)
笑いと裏切り
中々に笑える。終盤に至るまでの30日の行は、映画と言うよりも小ネタの連発であり、素直に面白かった。もちろん映画に、というか長時間見る作品として適した方法で編集されているし、単純に同じように繰り返すのではなく一つ一つの見せ方も変えて飽きがこないように計算されている。この辺はやはり日本を代表する芸人としての職人技というべきか。
一緒に見ていた観客の反応もよかった。というか、日本人があそこまで映画館で笑い声を上げることができるのかと少し感動したくらいだ。
そして、それまで野見が滑稽な道化を言われるがままに演じ続けていただけに、ラストのシーンは鮮烈であり、心を打たれた。しかし、そこに今まで娘から言われたことをオーバーラップさせたところは、やや鼻についた。あのシーンはほぼ無音で撮りきってもらったほうが、侍の潔さを演出できたのではないだろうか。
それにしても、松本人志という人は予想の裏切り方をよく分かっている。それも結末が読めたと嘲笑する観客を両断する、出来のいいミステリ小説のような鮮やかな裏切りだ。この愛すべき道化を殺したくないと観客は皆思っただろう。あの殿のように。そして、切腹のシーンで「よっ、待ってました!」と発破をかけた野次馬がまさしく自分だった。彼らも同様に野見の最期に度肝を抜かれたことだろう。いや、殿の恩情が、そして見物客の野次が野見に切腹を決意させたにちがいないのだ。野見は道化ではなく、侍だったのだから。そして松本人志は周りの予想通りに物事を進めるのを心底嫌う根っからのひねくれ者なのだ。
次の映画も予想もつかない結末が待ち受けていると予想できる。それだけでも松本監督の作品は見続ける価値がある。