「色彩は、数百ページの難題に挑む」星を追う子ども ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
色彩は、数百ページの難題に挑む
「秒速5センチメートル」などの作品で知られる新海誠監督が、オリジナル企画で挑む青春ファンタジー作品。
剣と魔法、未知の怪物に鉱石。正に王道ともいえるファンタジー作品の要素を取りこぼす事無く盛り沢山に混ぜ込み、幅広い年代の観客が心躍らせる冒険物語が展開されている。それだけならば、世に数多ある「青春ドラマ」なり、「ファンタジー大作」と銘打ったアニメーションと代わり映えしないのだが、本作が異色の味わいを醸し出しているのは物語世界を支える「確かな知識と、深い洞察」の力だろう。
「生と、死」「喪失と、葛藤」。日本に限らず、世界中の学者先生方が数百ページにわたる専門書を血眼になって書き殴る事で分析してきた豊穣なる哲学と、思想の世界。本作は2時間弱の穏やかな色彩と、美しさに満ちた世界の描写を持って、堅苦しい言葉が並びがちな思想談義へと力強く歩を進めている。
自らの死を予感したとあるキャラクターの取る行動は、死に場所を求め彷徨う象の本能に酷似しているし、最期の決断とラストシーンは、現代に満ちる悲壮感と絶望に立ち向かうための道を、観客へと差し出す哲学者の答えのようだ。
アニメという柔軟かつ自由な人間描写を可能にする表現手段を持って、映画の作り手が今、何をするべきなのか。本作はこの深い想像力と、青春の力強さを軸に置いたストーリーをもって、私達に提示している。
肝心の物語において登場人物の感情と苦しみを十分に描こうとしているが、若干スピード感を重視しすぎた作りのためにぶちぶちとシーンが切り刻まれて人物同士の繋がりと関連が分かりにくい部分もあり、ゆったりと世界に浸るには不親切な感じが漂うのは難点か。
とはいえ、その場しのぎの漫画をちょいといじったような陳腐なアニメ作品が席巻している日本映画界にあって、人間の複雑怪奇な感情を鋭く丁寧に描写する本作のようなオリジナル企画は、我が国が誇るクールジャパンの新しい可能性を感じさせてくれる。じわりと観客の心を暖める良心に溢れる佳作だ。