海炭市叙景 : 映画評論・批評
2010年12月21日更新
2010年12月18日よりユーロスペースほかにてロードショー
地べたを這いつくばるように登場人物たちに身を添わせる作り手の親密な眼差し
1990年に自死した作家・佐藤泰志の故郷・函館を舞台にした5つの連作短篇小説を映画化したオムニバス群像劇である。
ロバート・アルトマンは得意とする群像劇の魅力を<語り過ぎない方法>と形容したが、小話がパズルの断片のままに輪舞のように推移するこの形式は、安易なカタルシスをもたらさない。未完の劇の余白に不透明な陰りが生じ、そこへ見る者のさまざまな思念がしのび込むのだ。
造船所の縮小で解雇され、初日の出を見に行く兄妹、妻の子供への虐待に苛立つ燃料店の2代目社長、水商売の妻の不貞に疑心を募らせるプラネタリウムで働く男、陋屋(ろうおく)に住み続け、立ち退きを迫られても、頑迷に拒み続ける老婆――。悲傷に満ちたささやかなドラマは、しかし、<神>のような鳥瞰的な視点ではなく、地べたを這いつくばるように登場人物たちに身を添わせる作り手の親密な眼差しがあればこそ、かけがえのない切実なトーンを孕み持つ。
登場人物たちは、みな一様に疲弊と敗残の色を濃くし、深い喪失感を抱え、困惑の果てに、ふと放心の表情を浮かべたりもする。しかし、函館の街の眼に沁みいるような景観、そこで生を営む無名の市井の人びとをとらえるカメラは、あくまで澄み渡っており、忘れがたい印象を残す。
熊切和嘉監督は、これまで意図的に誇張や欠落を仕掛け、オーソドックスな劇構造のバランスを壊す傾向があったが、本作では悠然たる語り口を堅持し、新境地に至ったと思える。
(高崎俊夫)