CUT : インタビュー
西島秀俊、イランの名匠アミール・ナデリと探求した飽くなき“映画愛”
2005年晩秋、西島秀俊は第6回東京フィルメックス映画祭でイランの巨匠アミール・ナデリと運命的な出会いを果たした。磁石のように強烈に引かれ合った2人は、映画についてとことん語り明かし、ともに映画を作る約束を交わした。それから6年の月日を経てようやく完成したのが、名作に彩られた輝かしい映画史を称えながら、“映画愛”を失いつつある現代の映画界に真正面から殴り込みをかける「CUT」だ。(取材・文:山崎佐保子、写真:本城典子)
売れない映画監督の秀二は、ヤクザの兄から金を借りては映画を撮っていた。しかしある日突然、兄が借金トラブルで命を落としたという知らせを受け、衝撃を受ける。兄を失った悲しみと罪悪感にさいなまれる秀二は、兄の死んだトイレで借金返済のため殴られ屋を始める。
「おまえはオレと映画を撮る運命にある」と断言したナデリ監督に、「はい」とふたつ返事で答えたという西島。「フィルメックスでナデリ監督の『サウンド・バリア』を見たとき、これまでのどの映画にも似ていなくて、こんなエネルギッシュなオリジナルを撮られる監督にとても大きな衝撃を受けました。彼の作品に出られるのなら、どんな思いをしても出たいと思いました」と振り返る。
「僕は今まで俳優として、スタッフのひとりとして現場にいました。だけどこの映画では、『おまえがこの映画にかかわるということが、どういうことなのか示せ!』とナデリ監督に言われていて。体をキリストのようにしぼって、体脂肪もとにかく限界まで減らして、撮影期間1カ月、一切誰とも挨拶もせず役に集中しろと。僕が全身全霊を込めて作品に向かうことで、みんなに何かが伝わるのだと。それはつまり、現場で特別の存在になれってことだったと思います」。
さすがに最初は困惑したそうだが、「周りにどう思われようが、良い演技をすることだけを考え、ストレートに感情をさらけ出すことをやり通せたのは、僕にとって非常に大きなこと」と自信につながった。そして、「普通はコミュニケーションを取りながらやっていかなければ成立しないので、こういうアプローチをさせてくれる現場はなかなかありません。自分の中で意識していない部分で何かが大きく変わった気がします」と新たな境地にたどり着いた。
しかし、役者人生を変えるようなタフな撮影であったことに変わりはない。劇中、秀二が自らを鼓舞させるためにあこがれの監督たちの墓参りに行くシーンがある。シネフィルで知られる西島も、小津安二郎、溝口健二、山中貞雄、加藤泰、マキノ雅弘ら名だたる巨匠たちを墓参したことがあるそうだが、やはり演じるのとではわけが違う。「お墓の前で演技をするのは正直きつかったです。ナデリ監督からは、『この人はすごい才能があって、素晴らしい俳優とスタッフとたくさんのすごい映画を撮ったけど、“無”って言葉を残して死んだ。オレたちにはまだやることがあるんだって気持ちでお参りしろ』って言われたけど、やはり怖かった。あまりにも不安で、『良かったら撮影現場に来てくれませんか?』って香川京子さんに連絡したくらいです。電話で勇気づけてもらったけど、それくらい追いつめられていました」と壮絶な体験を明かした。
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