「エピソードを詰め込み過ぎて、 『星守る犬』のテーマが浮かんできませんでした。」星守る犬 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
エピソードを詰め込み過ぎて、 『星守る犬』のテーマが浮かんできませんでした。
前作もそうなのですが、最近の瀧本智行監督作品は、ワンシーンごとの映像は、凄く良く、予告編を見ると凄い感動作に思えるのですが、本編では詰め込みすぎてテーマが見えにくくなってしまう傾向が強くなっています。『犯人に告ぐ』で見せたシャープに追い込む才能があるのに、ちょっと残念でなりません。
本作も、秋田犬のハッピーと共に旅をする「お父さん」が主役なのか、その足取りを追っていく市の職員が主役なのか、はっきりしません。というのも、冒頭は福祉課の職員奥津が中心になってストーリーが進行し、西田が演じる「お父さん」の出番がないからです。しかも「お父さん」がハッピーと共に死出の旅をする事情がネタバレされるのは、ラストになってから。前半の2/3は、訳も分からず「お父さん」の旅に付き合わされてしまうので、感情移入がしづらいのです。
もう少し「お父さん」を軸にしたストーリーすれば、原作通りの感動作になったでしょう。現状では、ラストで瀕死の「お父さん」を演じた西田の名演技も空転。観客の泣き所は、そのあと主人が死んだのにもかかわらず、一生懸命食べ物を届けようとするハッピーの献身ぶりと最期の憐れな姿をさらすシーンだったのです。だいたい秋田犬という犬種は、映画『わさお』がそうであったように、寡黙で不器用で演技には不向きなのですね。それが凄くいい表情を見せるのです。大俳優の西田を上回る好演で、ハッピー役のチビにはアカデミー賞主演動物賞を創設してでも、受賞させてあげたいほどです。
さて本作の主役の「お父さん」には、なんと名前がありません。これは特定の人物でなく、世の中に良くいるごく普通のお父さんをシンボル化したような存在としたいという瀧本監督の意図からです。
劇中明かにされるお父さんは、よく働き善良に生きていました。それがリーマンショックによる不景気に巻き込まれて、職を失い、やがて家族も失ってしまうことになってしまいます。
忙しいお父さんは、家庭のなかのことは、みんな奥さんに任せっきりにしていました。けれども仕事を失って、一日中家にいると、娘の夜遊びなど家族の問題に関わって行かざるを得なくなります。それなのに今までの習慣で、ついついお前に任せると丸投げしたもんだから、奥さんはブチ切れ、じゃあ好きなようにさせていただきますと離婚してしまうのですね。
そのあと自棄を起こして旅に出たわけでなく、新天地で新しい仕事を見つけよう、そして弘前では、家族と再会してやり直せたらと希望を抱いて旅に出たわけです。ところが、地方の経済は疲弊していて、お父さんの希望を打ち砕いていくのでした。
こういう身につつまれる話って、身近に多いと思うのです。だから、もう少しお父さんの身近に起こったことや中高年が仕事を見つける大変さなど描き込んで欲しかったです。
お父さんの旅を跡追いすることになる奥津は、かつての愛犬クロに余り相手にしてやれなかったという後悔の想いを持っていました。旅をつづけるなかでお父さんとハッピーの絆の深さに触れて、自分のクロとの関係を思い出していくむ過程はいいと思います。ただ奥津を演じている玉山鉄二の演技がいつもしかめっ面で、単調なのが気になります。
各パートごとのエピソードは、西田だけにユーモラスな場面もあり、悪くはないのですが、それが伏線となって『星守る犬』というテーマに繋がっていきません。詰め込みすぎたせいか、中途半端に終わってしまうエピソードばかりなんです。
『星守る犬』とは、満天の星を掴もうと星を凝視続ける犬の行動のこと。でも、それを人間にも当てはめて、当てなく希望を追い続ける様を模した言葉なのです。人は誰でも『星守る犬』なのだと。本作では、奥津のクロだけが『星守る犬』状態が描かれて、ハッピーは、なぜか『星守る犬』として描かれませんでした。そして「お父さん」と奥津の長い旅に、あまり『星守る犬』の要素が感じられなかったのです。
リストラ、離婚、無縁死と極めて現代的なテーマを扱っている故に、ちょっと欲張って詰め込みすぎたかなと思える構成でした。
ちなみに、主人公が餓死してしまうロードムービーとしては、『イントゥ・ザ・ワイルド』が似ていると思います。参考までに。