「世界は…。」わたしを離さないで 火猫さんの映画レビュー(感想・評価)
世界は…。
観ながら、複雑な違和感に襲われました。まず、ある種のSFという先入観があったせいか、全く近未来的な描写やテクニカルな要素がないことに。意匠は現在と変わらないか、むしろ懐かしくさえ感じられます。それは、彼らに与えられるものが、不要になったガラクタだからでもありますが…。
次に台詞の奇異さに。全く違う字幕をつければ、平凡な青春ものにすり替えることも可能なくらいに穏やかな日常を描写しながら、台詞だけが異様な現実を明らかにしていきます。彼らは、それをむしろ淡々と受け止めているようにさえ見えますが、こちらの理性が勝手に違うストーリーを上塗りしたくなってしまうほどに過酷な現実を。
そして、なぜ彼らは、それほどまでに従順なのか?という疑問。原作を読んではいませんが、幼児期は、どう育てられた設定なのか、その描写はあるのかという興味。
人間をまるで機械のように、必要な栄養と知識だけを与えて育てる(飼育と言うべきでしょうか?)恐ろしい実験が、過去、実際に行われたことがあります。その結末は、ここに記しませんが、本作の描く世界とは違うものです。
原作を知らずに勝手な憶測を書いてしまいますが、彼らの幼児期は、子供が欲しくても出来ない夫婦に短期間預けられるという設定が必要な気がします。
なぜなら、遺伝子は愛を知らないのです。それは後天的に学習して身につけるものなのですから。
だからこそ、愛し合うもの同士が結ばれ、友人たちに祝福され社会的に認知されることは特別なことなのです。
その儚い夢、根も葉もない噂にすがった、微かな希望はあっけなく砕かれてしまいます。青年の言葉にならない叫びが違和感と痛ましさをフルボリュームにしてバラ撒きます。観るものは、それを受け止めねばなりません。監督の意図が、こちらの気持ちに不協和音を生じさせることにあるのなら、成功と言えるでしょう。
暴力も差別も、許し難い犠牲も、言葉によってなされるのでしょうか?
世界は言葉で出来ています。