劇場公開日 2010年9月11日

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彼女が消えた浜辺 : 映画評論・批評

2010年9月7日更新

2010年9月11日よりヒューマントラストシネマ有楽町にてロードショー

女性の失踪をめぐって露わになる深層心理と社会通念

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始まりはさりげない。男女数名が和気あいあいと海へと向かうバカンス。イスラム中流階級にはこんなにも欧米化の波が押し寄せていたのかと、先入観を打ち砕かれる開放的な映像に軽い驚きを覚える。やがて、一団に初めて同行した1人の女性エリが姿を消し、にわかに緊迫する。沖へ流されたのか、あるいは突然去ったのか。張りめぐらされた伏線が出来事の背後にある事情をあぶり出し、素性と行方をめぐり、残された者たちは激しく議論して保身と責任の狭間で揺れ動く。演劇的ともいえるシチュエーションから矛盾に満ちた人間の感情が露わになり、映画的なエモーションへと昇華させていくイラン発の秀作である。

表層だけを追いかけ、心理サスペンスとして淀みない演出と真に迫った演技に酔いしれるのもいい。しかしそれだけで消費される作品ではない。監督は声高に訴えないが、ここにはイスラム社会特有の問題が秘められている。エリには婚約者が居た。リセット願望を抱き、人生を縛り付ける因習から逃れようとした旅。フェミニズムが浸透し民主化の過程にありながらも、女性は残存する古き道徳観にさいなまれている。「永遠の最悪より最悪の最後の方がまし」という言葉に背中を押されるようにしてエリは失踪した。直前、彼女は天衣無縫の笑顔で砂浜を駈けながら大空に凧を揚げる。凧糸とは、規範であると同時に束縛のメタファーに違いない。それが断ち切られるとき、果たして自由は得られるのか。その答えは観る者の解釈に委ねられている。

清水節

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