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劇場公開日 2011年5月28日
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1971の自衛隊殺害事件をテーマに描かれた映画。 その時代臭は感じ...

1971の自衛隊殺害事件をテーマに描かれた映画。

その時代臭は感じ取れる。

松山ケンイチ演じる口だけの革命家は人間を魅きつける能力がある点だけ惹かれる。

でも、この登場人物は周りに対してすべて答えてないんだけど。

学生闘争とその余韻という時代の流れの中で、
何かを成し遂げたいという欲望と、何をすればいいのかという目標を明確に描けていない。

その点は通じるなぁと。

「なんかいやな気がする」と最後の泣きは重要なポイントらしいです。

tsucchi1989
tsucchi1989さん / 2017年8月1日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 3.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:試写会
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誰にも共感はできない。 うさんくらい学生運動家・それを信じて取材を...

誰にも共感はできない。

うさんくらい学生運動家・それを信じて取材をしていくジャーナリスト・正義を振りかざす出版社の社会部。安保闘争の時代背景だからか!?

片桐のあの信頼できない語り口調・・・あれで生きていける時代、権力と戦うことでしか自分を見出せない世相、自由というなの生きづらさ満点ですな。

目的達成のための犠牲者をいとわず、なすりつけの裁判になるお粗末な結末は誰もが想像できたことではないだろうか。

潜入取材中に知り合った男と再会し、自分の今の状態や不甲斐なさからの涙はぐっと迫るものがあった。

キッスィ
キッスィさん / 2017年7月1日 / PCから投稿
  • 評価: 2.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:映画館
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彼は何を成し得たのか

1970年代大学抗争・全共闘最盛期、新聞社の雑誌記者・沢田は、思想犯・梅山と出会う。
上司は梅山の浅い資質を見抜き、近づくなと忠告する。しかし、安田講堂の陥落を安全地帯で目撃し虚しさを抱えていた沢田は、梅山に惹かれ協力しつつ取材を重ねていった。

だが梅山の言動には矛盾があり、組織は実態のないものだった。マスコミを利用してのしあがろうとしていた梅山は、遂に行動に出る。

その計画は自衛隊駐屯地で武器を奪い、都心でテロを行うというものだった。
しかし、仲間が計画実行中に自衛官を殺めてしまう。武器も奪えず、別組織のリーダーや仲間に責任をなすりつける梅山。
やがて、社会部の告発により梅山は逮捕される。沢田は梅山の真実の姿を見て信じた己を悔やみ、新聞社を退社する。

数年後、映画評論家としてペンを持つ沢田。ふらりと立ち寄った居酒屋で、昔取材と称してつるんでいた仲間と出会う。そして一人カウンターで涙を流すのだった…。

ブッキーの演技はもう少し頑張りましょう。マツケンは良くできました。ブッキーは顔が綺麗なので役の職業によっては浮いて見える時がある。ミスキャスト多数。

ヨコヨコ
ヨコヨコさん / 2016年10月22日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 3.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:映画館
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オウム事件を思い出す

豊かで平和な社会では、このような独りよがりな若者たちが暴発する事件が、時折思い出したように起きるものである。この映画が題材にした事件から20年ほど経ったときに起きたのが「オウム真理教」による一連のテロ事件であった。映画の中の事件が川本三郎の実体験に基づくものだということを鑑賞後に知るまでは、作品のモチーフになったのはオウムの事件ではないかという確信に近い思いを抱いていた。
しかしこれは安保闘争が終わりに近づく頃の、事実を基にした新米記者の物語。
山下敦弘の作品を何本か観てきたが、この作品はその中でも重く暗いトーンとなっている。妻夫木聡や松山ケンイチといった当代の売れっ子俳優をメインに据えているが、このキャスティングを目当てに劇場へ足を運んだ観客の期待は裏切られたことだろう。
この裏切りは初めから意図されたものではないだろうか。
映画では学生運動を、やっている本人たちの「道楽」として描かれている。運動資金のために自分たちの計画のあることないことを自らマスコミにリークし、実際にやっていることは無責任なガキのやんちゃに過ぎないという突き放した眼差しでとらえている。特に、根拠のない自信満々の言動からうさん臭さを放出している松山が本当に不愉快な存在。このインチキ野郎の学生運動家が、妻夫木やほかの登場人物を裏切り、観客の期待を裏切っていくのである。
主人公が一人で映画館に入り観ているのは川島雄三の「洲崎パラダイス 赤信号」である。勝鬨橋の上で、三橋達也演ずるダメ男が新珠三千代に「こんな俺が嫌ならどこかへ行ってしまえ。」と開き直っている。おそらくこれまで何度も彼に失望させられてきた新珠は、今回もまた同じ結果になることを分かっていながら三橋とは離れられないのである。
いっぱしの革命家を目指していると大口をたたく松山に対して、うさん臭さを感じながらも、信じてみたいと思う妻夫木や、セクトの他のメンバーたち。ずさんな計画が結局は破たんすることが半ば分かっていながら、誰も彼を止めることができないこちら側の構図と、「洲崎」側の構図が重なる。

よしただ
よしたださん / 2015年5月13日 / PCから投稿
  • 評価: 1.0
  • 印象:  怖い
  • 鑑賞方法:CS/BS/ケーブル
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今の若者たちはこの若者たちを何と見るか

「天然コケッコー」「苦役列車」の山下敦弘監督が、妻夫木聡と松山ケンイチの顔合わせで送る社会派青春ドラマ。
1960年代後半〜1970年代初頭の鮮烈な時代と若者像を活写する。

若手演技派と呼ばれる二人がその本領を発揮。
妻夫木が若きジャーナリストに、松山が学生活動家にそれぞれ扮し、理想と革命に葛藤し、不思議と共感し合う姿を体現。
初々しい忽那汐里も印象に残る。

アポロ11号月面着陸、ベトナム戦争、学生運動…。
人によって懐かしかったり、熱い青春時代を思い出したりするだろう。
この頃影も形も無かった者にとっては把握が難しいが。(ちなみに僕も)
しかし、この当時の若者像と今の若者像に、深く思い比べてしまった。

かつて、学生運動というのがあった。
若者たちが声高らかに社会への不満を訴え、社会を変えようとした。
時としてその運動は異常な熱を呼び、暴徒と化して社会問題になる事もあった。声を武器に変え、暴力で訴えた過激派も存在した。
過激派は論外だが、学生運動自体は、人それぞれ判断が分かれ難しいが、若者たちの社会へ対する疑問や熱心な考え、変えようとする行動力があった事は否定出来ない。
それに比べ、今の若者たちはどうか。
社会に対して関心も薄く、声を上げるとすればインターネット上に悪口を書き込むだけ。
何とも情けない。

別に当時の若者たち見習え!と言う訳ではないが、せめて熱い魂だけでも感じ取って欲しい。

近大
近大さん / 2013年1月6日 / フィーチャーフォンから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  知的 難しい
  • 鑑賞方法:DVD/BD
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三丁目の夕日のそのあとの時代

松山ケンイチ演じる似非革命家

本当に頭にくる糞野郎をしっかり演じていてどんどん嫌悪感が、大きくなっていました。

妻夫木聡演じるジャーナリスト沢田

スクープの為に結果的に犯罪の片棒を担いでしまうことになりますが、マスコミの汚さと心が弱い沢田をしっかりと演じています。さすが悪人!

三丁目の夕日 のころに生まれたおじさんは この70年代を実体験しているはずですが、学生闘争のことはほとんど覚えていません。
トイレットペーパーが無くなったのは覚えているんですけど。
浅間山荘はテレビでやっていたのを覚えているな~

そういえば、中学の頃、国語の若い先生だったと思いますが、大学時代はちょうどこんな時期でまったく大学に行かないで卒業したって授業中に話をしたことがあり、羨ましかったのを覚えています。

そんな時代がありました。

ということを知ることができる映画です。

赤いおじさん
赤いおじさんさん / 2012年2月17日 / PCから投稿
  • 評価: 4.5
  • 印象:  悲しい 怖い
  • 鑑賞方法:DVD/BD
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時代感はよい…俳優陣もよい

作品の背景になっている時代は、私の生まれたころの時代なので、当時の時代感は記憶にない。だが、とてもその時代の雰囲気が伝わってくる作品であった。服装も、街の様子も、けだるい甘えきった学生の感じも…。あざとくなくてよい。少なくとも『ノルウェイの森』、(あまりにもあざとすぎる)『コクリコ坂から』などよりはよい。

妻夫木聡、松山ケンイチの演技がよかった。
○妻夫木演じる沢田の、視野の狭い感じの演技はよし。のめりこみはしないのだが、いつの間にか泥沼にはまっている感じ。ただ、梅山率いる赤邦軍のことを何故信じたのかなど、内面をもう少し描いてほしかった。
○松山演じる梅山の、自意識過剰な、体制内で甘えきったうそつき新左翼な演技はよい。松山がよいというより、脚本と演出がよいのだろうけど。
○忽那汐里演じる倉田はとてもかわいく、美しかったが、70年代初期のモデル・女優というイメージじゃないな。そこだけ時代感がないかな。

こばこぶせん
こばこぶせんさん / 2011年12月18日 / PCから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  単純
  • 鑑賞方法:DVD/BD
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マツケンがいい

マツケンがインチキ野郎をすごく上手に演じていた。そんなインチキぶりは自分の若い時代にも見に覚えがあるので冷や冷やした。背中に水を掛けられたような気分になる。

古泉智浩
古泉智浩さん / 2011年10月19日 / PCから投稿
  • 評価: 4.5
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:映画館
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映画だからこそ成し得る奇跡

この本を、どうやって映画にするんだろう?
…大好きかつ信頼する監督・脚本家・プロデューサーによる、尊敬する文筆家の著作が映画化されると聞き、原作本をさっそく読んだ直後の感想だ。全体に流れる空気は同じでも、駆け出し記者であった著者の回想録(元々は雑誌連載)だけに内容多岐に及び、映画としてまとめ上げようとすれば、こぼれ落ちるものが多すぎる気がした。けれども、彼らならば、きっと。そんな気持ちで、映画公開に期待を膨らませていた。…そして、その期待は裏切られることなく、それ以上のものを見せてくれた。
なんといっても秀逸なのは、映画にふさわしい(映画にしかできない)幕切れだ。特ダネを追っていたはずの主人公・沢田は、抜き差しならない挫折を味わい、思想・政治活動であったはずの殺人は犯罪事件として泥沼に陥った。…それから数年。就職浪人するほど憧れていたジャーナリズムから沢田は遠ざかり、かつて否定した「泣く男」が登場する映画を生業とするようになっている。
そんな彼が果たした、思いがけない再会。かつて記者であることを隠して生活を共にした男は、今も彼を疑うことなく懐に招き入れる。偽り、欺く傍観者であった彼は、いつしか偽られ、欺かれていたのだが…。
ジャック・ニコルソンばりに泣きじゃくる主人公を、画面一杯の光が包み込むかのような唯一かつ一瞬のホワイトスクリーンは、映画だけがなし得る奇跡だ。暗転による場面展開と黒地に白い文字でのクレジットに統一された構成が醸し出す寡黙さと、煙草の煙で淀んだ空気(今では考えられないほど、皆揃って煙草を吸いまくる。とにかくふかさずにいられない、そんな脅迫的なものさえ感じる。)が、その瞬間、晴れた。
とめどなく溢れ、ただただ流れる彼の涙は、美しくもせつなくもなく、(少なくとも私には)センチメンタルさも感じられなかった。それでいて、沢田が全身で泣く姿はとにかく忘れ難く、映画ならではの感情を観る者に掻き立てる。

映画、原作。それぞれを存分に味わってほしい、深みある作品だ。

cma
cmaさん / 2011年9月23日 / フィーチャーフォンから投稿
  • 評価: 4.5
  • 印象:  悲しい 知的
  • 鑑賞方法:映画館
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妻夫木聡と松山ケンイチの魅力が最高に光る作品です!!

時代は、沖縄返還があり、ビートルズの音楽が日本中の10代20代の心を捉え、TVでは、GSの音楽が溢れ出す。若者文化が、時代の先端に踊り出していた時代なのかもしれない。
それまでの日本は、目上の者を敬い、人生の先輩が築き上げてきた文化や、その価値観を真っ向から否定し、若い世代のエネルギーを社会にぶつけ、正々堂々と時代の先端に躍り出ようと試みた時代は、この時まで無かったのかもしれない。いつの時代も、若さとは、身体的な成長に伴う、そのエネルギーのはけ口を探し、もがき苦しみ、精神的にも、外へ外へとその自己の世界感を拡大しようと試みる時間だ。総ての生物に共通した成長期にある生命の働きなのだろうが、こと人間は言語を持ち、広く社会に深い係りを築いて行く過程で、その人の人格形成が飛躍的に成長を遂げる時期であるからこそ、この時点で、誰と出会い、何を考え、どんな行動をするかが、後のその人の一生左右する事にもなる非常に
人間が生きる上で大切な時期である。この映画は、不幸にも若さ故に、人間の本質を見抜く力に欠ける主人公、沢田が梅山と出会う中で、彼の後の人生を危機的状況に追い詰める事態へと、自らはまり込んでしまう青春悲劇だ。原作は川本氏の実体験に基づくノンフィクションなので、説得力がある。その沢田を妻夫木聡と、梅田を松山ケンイチが、共演する事だけでも、若さ+大学生世代を卒業している彼らが、冷静にそして確かな演技力で、二人の若者の青春時代の心の成長と陰影を演じ競い合う本作は、必見の価値があると思う。
この映画は、当時の生活感をよく捉えていただろうな?と想像するのだ。私自身その時代をよく知らないので、確信が持てない。しかしこの山下敦弘監督も未だ若手監督で、この時代を生きていないのだが、それが返って、この作品に瑞々しさを添える事となった要因であると思う。これは実社会で、現実の壁の前に悩み葛藤し、また自己を持て余す青春の熱に苦しむ二人の人間の出会いを通じて、人の出会いの大切な事、そして理想に向けて生きる事の尊さ、自己の力では、図り知る事の出来ない人の運命の、不思議な力があると言う事。それでも人が人として生きることを日々続けることの素晴らしさと、困難に立ち向かう勇気を描いた、この作品は邦画界史にまた、新たな1ページ加えた作品と評価出来ると私は信じるのである。

Ryuu topiann(リュウとぴあん)
Ryuu topiann(リュウとぴあん)さん / 2011年7月7日 / PCから投稿
  • 評価: 5.0
  • 印象:  泣ける 悲しい 知的
  • 鑑賞方法:映画館
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時代に嫉妬

今の政治や会社、人、、、と比べてしまう作品でした。
学生運動の良し悪しは抜きとして熱く、人間臭いパワーがある時代に嫉妬。

父がこの時代の人間であり新聞会社に勤めていたこともあったのでチケットをプレゼント。父の感想は「結局、何が言いたいのかわからない」の一言でした。

kiiie
kiiieさん / 2011年6月28日 / PCから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  悲しい 興奮
  • 鑑賞方法:試写会、映画館
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日本人が見る ちゃんとした日本の映画

作品の題材としてはひなびた単館上映で
一部マニアや同時代を生きた方が観る映画、
といった印象なのですが、、、

そこは役者と山下監督の成せる技で、
決して観客に対して親切になりすぎることなく
じっくりと長回しのシーンも多用し
陰影のある映画となっています。

松山ケンイチはこういう底知れぬ笑みを浮かばせる
ような役をやるとその存在感が際立ちますね。

また、実在した保倉幸恵を倉田眞子として演じた忽那汐里が、
テレビで見せるのとはまた違う魅力をもってスクリーンに
投じられているのも新しい発見でした。

もっと暗い、持って行き場のないようなエンディングを予想していましたが
それほどではありません、ちょっとほっとさせるような
人間くさい、救いを持たせたエンディングで、
観終わって場内が明るくなり、一呼吸おいてから立ち上がるのが
ふさわしい映画です。

ちなみに観客の年齢層は幅広かったです。

星なれ
星なれさん / 2011年6月25日 / PCから投稿
  • 評価: 4.5
  • 印象:  知的 難しい
  • 鑑賞方法:映画館
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考えさせられた作品・・。

単純に時代からは古い題材も現代にも沿う作品内容でした。
物凄く熱い信念とその正義と思想は、ちょっと恐い感じも純粋な
志に思いました。自分なりには真似は出来ませんが生き方の1つとしての
表現だったと。良かったです。

2011年6月16日 / PCから投稿
  • 評価: 3.0
  • 印象:  悲しい 知的 難しい
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今日の一句『投げるなら 火炎瓶より 声援を』by♪Aぇ〜Cぃ〜♪

火炎瓶を投げまくった闘士達の成れの果てが、後にレバノン空港乱射や企業ビル爆破テロ、あさま山荘事件etc.の凶行に迷走していく顛末を知る70年代生まれのしらけ世代には、右やら左やらとか面倒くさい思想とは無縁である。

ノンポリ故に日米安保の争点って何やったのか?が知ったこっちゃなかったが、一番わかってなかったのは、当の妻夫木聡、松山ケンイチ2人だったのではないだろうか。

ベトナム戦争が泥沼化の一途を辿っていたアメリカに対する嫌悪が発端だった安保闘争なのに、2人の談義には、ロックバンドCCRの名曲『Have You Ever Seen the Rain?』やジャック・ニコルソン主演映画『ファイブ・イージー・ピーセス』etc.アメリカのサブカルチャーばかりが引用される。

結局、アメリカに対して憎悪より憧れが勝ってしまう日本人感情を物語っていて感慨深かった。

「日本人ってカブレやすくて、冷めやすい民族なんやな」
と少し呆れたけど、確かに
『真夜中のカーボーイ』のダスティン・ホフマンの最期は、純粋に泣けてくる。

妻夫木はスクープへ、松山は革命へと、純粋と欲望が狂おしく行き来する破滅模様は『ブラック・スワン』のナタリー・ポートマンを彷彿とさせる振り子の法則を感じた。

しかし、追う妻夫木は白の化身、迎える松山は黒の化身(ストーリー的なら背景色は赤かな)と、単純に当てはめられない。

両者の自暴自棄な欲望の混ざり合いは、やり場のない憤りがコダマした時代に介入した若者の抱え込んだ複雑骨折のような対峙と云えよう。

そして、独り善がりに激しく往復する各々の振り子は、社会にとって、所詮、一つの歯車に過ぎない。

散々、苦悩した己の叫びなんて、世の中は容赦なく無関心に時を刻みゆく。

“絆なぞ信頼より裏切りが占める(絞める)代物”

そんな世の無情を思い知って、人間ってぇ生物は大人になるのだとしたら、この時代の振り子は無駄に血を多く流し過ぎている気がしてならない。

では、最後に短歌を一首

『砦陥落(お)ち 託した雨に 眼(芽)は若く 翼は苦く 赤く萎んだ』
by全竜

全竜
全竜さん / 2011年6月4日 / フィーチャーフォンから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  悲しい
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沢田くん泣くしかないね

梅山の正体は教室の議論で示されている。お前は何がやりたいのと問われて答えられない。
これはオレがつくったのだからオレについてこれない者は出ていけと言って、
けっきょく自分がでてしまった。
梅山は何をやりたいか分からないが、じっとしていることはできず、
何者かになりたくてただうごめいていた。
梅山には企画力があった。その企画力は何をやりたいかという本質がないため、
相手をだますために使われる。警察に捕まれば自分を正当化し、仲間に罪を押し付ける。
週刊東都表紙モデルの倉田は沢田に言う。
「この事件はイヤな感じがする。とてもイヤな感じがする」
沢田は先輩に「写真を警察に渡したら社会部を批判できなくなる」と言われ、
ニュースソースを警察に知らせず、有罪になり社をやめる。
数年後、ふと居酒屋にはいるとそこにはドヤで会ったタモツが居酒屋のおやじをやっていた。
沢田が取材のためにウソをついてもぐりこんだドヤで会ったタモツは、
今でも沢田をダチと思っている。
沢田はスクープが欲しくて梅山に振り回され、自分がだましたタモツは
今でもダチとして信用している。
それは泣くしかないよな。

ace
aceさん / 2011年6月2日 / PCから投稿
  • 評価: 3.0
  • 印象:  悲しい
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2人の演技力に拍手!

内容は想像とは少し違いましたが、
妻夫木さんと松山さんがそれぞれの役に成りきっていて、
とても引き込まれました。

とくに松山さんの立ち振る舞いやものの言い方は、
前にテレビの特集で見た、実際の活動家の人と本当に似ていました!

本当にすばらしい役者さんだと改めて感じました!
これからも多くの日本の映画作品に出演してほしいです。

mai-t
mai-tさん / 2011年5月31日 / PCから投稿
  • 評価: 3.0
  • 印象:  悲しい
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つまらない

キャストは素晴らしいのですが、内容が単調で、上映時間が2時間以上と、長く感じます。
レンタルで十分な映画だと思います。

馬糞うに
馬糞うにさん / 2011年5月30日 / PCから投稿
  • 評価: 2.0
  • 印象:  単純
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ベクトルの違う、強い憧れ

この映画のキーワードは憧れと、涙。
妻夫木君演じる沢田の憧れはジャーナリズム、梅山の憧れは革命家になりたいということ。
お互い進む方向は違うけど、強烈に憧れるその気持ちが、お互いをひきつけたのかもしれません。
正直、自分が生まれる前のこの時代の、この暴力に満ちた闘争って言うのがよくわからない。理解できない。
それに、このことを取り上げることは少ない。文化が成熟していく上で通る道なのかな。革命って。。。
だけど、ここに出てくる梅山はなんとなく、口ばっかりなところがあって、わたしのイメージの当時の活動してた学生ってそういうイメージがある。
もちろん本気で戦って、本気で傷ついたり、逮捕されたり、三島みたいに死んじゃった人もいると思う。
それで何が変わったかは分からないけど。
当時の学生ってなんか哲学とか共産論とかそういうのに偏ったりしてとにかく小難しいことを喋ってることに自己陶酔しているような、そういう感じがする。だから実際に何かをどうしようとしてたのか、ただ熱に浮かされていたのか、とにかくそういうエネルギーがあった時代だと思う。
この映画はそのあたりの感じがすごくでている映画だと思いました。
沢田は逆にその活動家達とは対極のメディアという中にいて、無力感とかを感じているという、二人の対極的な立場が見所です。
実際思想だとか、そういうふわふわしたものに憧れているわけですが、人の命が関わってくると、問題が大きく違ってくる。その意味で、あの自衛隊の駐屯地のシーンはすごく重要だと思う。すごい生々しいというか、衝撃的ではあるんですけど。
妻夫木君は悪人の時もそうでしたけど、沢田になりきってますよね。最初のふわふわした感じから、だんだん悩んでいく様子がよかったです。
マツケンもアカデミー賞レベル。
自分だったら、多分沢田の側かな。。。ただ、真の意味で、理解できない。どちらも。そしてそこへの憧れもあまりないです。。ただ、当時それだけのエネルギーとか熱意を持っていた、団塊の世代?の人たちが、今なんであんなに無気力な感じなのかが分からんですけど。。。

NAO
NAOさん / 2011年5月29日 / PCから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  知的 難しい
  • 鑑賞方法:映画館
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