劇場公開日 2011年2月11日

  • 予告編を見る

「ラストシーンがとても良くて、ああ、これが映画だぁ!とググッと余韻に浸れる終わり方でした。」洋菓子店コアンドル 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0ラストシーンがとても良くて、ああ、これが映画だぁ!とググッと余韻に浸れる終わり方でした。

2011年2月15日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 演出面では、カット割りの激しかった『白夜行』に比べて、明かにこれまでの深川監督作品と比べて、ゆったりとした間を取ってあり、登場人物のじっくり丁寧に描いて行きます。このゆったりしたテンポは、本作の「影の主役」とも言えるスイーツたちを、とても美味しそうに、登場させていくのです。アコーステック感溢れる弦楽合奏も良くマッチして、引き立てます。
 映画『アンティーク~西洋骨董洋菓子店~』と比べても、ライティングから見せ方、そして肝心のスイーツたちの見た目の華やかさなとなど、遙かに本作が上回っています。見ているだけで、幸せになりそうです。
 本作でも、深川マジックは健在です。後半まで、十村の出番を徹底して少なくして、なつめにとっても、観客にとっても謎多き人物として隠しておいたこと。そのため、十村になつめが、パテシエ復帰を迫るシーンと、パテシエを辞めて、スイーツを作れなくなった理由が明かされるシーンが、謎を深めていた分、とても印象強く残りました。十村の描き方は、実に深川監督らしいと思います。
 さらに、ネタバレしないけれど、ラストシーンがとてもいいのです。主人公のなつめと十村の未来が良い方に開けていくことを暗示させて、静かにパンしていくのです。余計な台詞はありません。ああ、これが映画だぁ!とググッと余韻に浸れる終わり方でした。

 さて、監督の演出も良かったけれど、本作の蒼井優は抜群の可愛らしさを発揮していました。監督はなんて彼女を魅力的に撮るんだろうって、感激したのです。主人公のなつめって、ホント鹿児島から出てきたまんまの薩摩おごじょそのものといった風情。気立てがよくて、優しくて、芯が通った女の一本道で、スイーツに体当たり。まるでNHKの朝ドラの主人公のようなストレートな頑張り屋さんを、鹿児島弁で熱演していました。
 コアンドルで働き出したときのなつめは、失敗の連続。シェフに叱られて、悔しさのあまり床に倒れ込んで、手足をばたつかせる自己嫌悪ぶりがとても、可愛かったです。

 そんな彼女の一番の見せ場は、コアンドルの危機に、十村をスカウトすべく自宅に押しかけてドア越しに、パテシエ復帰を迫るところ。十村には散々に自分の作るスイーツを酷評されてきたのに、心からお願いしますと、スイーツ作りを教えて欲しいと願うなつめの呼びかけは、観客にもヒシヒシと伝わってくるホットなものでした。それが十村にとってお菓子作りを約束したのに死んでしまった娘との果たせぬ思いと重なったとき、見ている方も涙を禁じ得ないシーンとなったのです。

 もう一つのシーンは、病で倒れた常連客の芳川さん宅にスイーツを届けるシーン。元女優だったと夫が明かす芳川さんは気位が高く、なつめがつくったスイーツにケチばかり付けてきたのです。しかし応対に出た老いた夫は、なつめがつくったスイーツでなければ、どんな料理も口にしないといって困っているというのです。
 半信半疑のまま、作ってきたスイーツを夫に預けます。すると寝室から、病の芳川さんらしい声が漏れ伝わってきます。それは、単なる美味しいというだけでなく、これが食べられてとっても幸せという感嘆の言葉だったのです。その言葉を噛みしめるなつめの表情が素敵でした。このシーンは、本当に「幸せの味がする」ところをたっぷりと感じさせてくれました。ちょい役ですが、夫役の鈴木瑞穂の妻を語るときの台詞回しが素晴らしい!年輪と風格を感じさせる渋い演技でした。

 コアンドルでは、唯一なつめにきつく当たるマリコもなかなか印象的な役柄です。なつめとは散々ぶつかるものの、意地が悪いのでなく、自分の気持ちを伝えるのに不器用なだけなのですね。つまりツンデレな女。だから自分が好待遇で他店の引き抜きにあったときでも、天敵のなつめの説得に最後は応じて、店に戻ってくるのですね。
 なつめが自宅にやってきて、店の再開に向けてマリコを説得しようとするシーンが傑作です。なつめを追っ払いながら、散々悪態をつくのです。なつめも切れまくって応戦します。それでも…というところがマリコの持ち味なのでしょう。演じている江口のりこのクセのある演技にも注目して下さい。

 ラストの晩餐会のシーンも、幸せの味を感じさせてくれました。ここで登場するデザートのスイーツに施される演出がとてもファンタスティックなのです。そして晩餐会に来客のひとりに、十村の娘と同じ年頃の女の子が参加しているのが、彼には気になったのです。そこで、最後の一品のお菓子に、十村はその女の子が喜ぶ仕掛けを加えます。狙い通りに女の子が歓声を上げて喜ぶとき、ああこれも「幸せの味」の表情なんだなぁと感じさせられました。それが十村の娘の回想と重なるとき、重くのしかかっていた十村の心の傷が晴れていくようで、じわっと感動したのです。

 人生は甘くない。だけどそれをちょっとだけ忘れさせてくれて、元気にしてくれる。そんな、小さな奇跡が一杯詰まった物語でした。十村のように決して忘れることができない心の傷を背負っているような人に、お勧めな作品です。美味しいケーキと素敵なエンディングに魅せられて、“明日も頑張ろう”という気持ちにさせてくれることでしょう。

流山の小地蔵