「甘くて、苦くて、へんてこりん」洋菓子店コアンドル ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
甘くて、苦くて、へんてこりん
前作「白夜行」も記憶に新しい深川栄洋監督が、江口洋介、蒼井優を迎えて作り上げた、オリジナル作品。
洋菓子店コアンドルを舞台に、恋人を追って上京してきた女性なつめと、元伝説のパティシエ、十村が、自らの挫折と苦しみに戸惑い、それでも前を向いて歩き出す姿を、力強く描き出していく。江口、蒼井両者の持ち味を生かした力演はもちろんのこと、戸田恵子、江口のり子、加賀まりこといった一癖も二癖もある役者陣を贅沢に配し、単なる綺麗なだけの娯楽映画の枠に収まらない、甘さとビターな苦さを存分に盛り込んだ、小気味良い意欲作に仕上がっている。
そう、この作品、女の子が無条件に喜んでくれる甘く、スウィートな青春群像劇の仮面を被りながら、実際は、奇妙奇天烈、へんてこりんな魅力を併せ持っている。
終盤、蒼井扮するなつめが、江口扮する十村に対して、何故最初に出会った時から自分の事を気にかけてくれたのかと尋ねる一幕がある。ある程度の映画作品を観賞し、娯楽映画の流れを理解している観客ならば、その答えとして「実は、お前は昔の俺に似ていてさ・・放っておけなかったんだ。」やら「お前の手に、目に、何か可能性を感じてさ・・・なんてね」といった台詞が浮かんでくる。しかし、そうはいかない。十村は、
「俺も、九州出身なんだ。お前の方言を聞くと、放っておけなかった」
と、方言交じりに答える。「何だ、そりゃ?」である。
他にも、言うべきところで言わなかったり、やらなくてはいけないところでやらなかったり、見事に観客の想像を、予測を裏切っていく。これを、下手で片付けてしまうには、そこで感じる衝撃と、驚きの楽しさを考えれば勿体無い。
女性陣をわくわくさせるスイーツの甘く、可愛い描写。群像劇を好む人をわくわくさせる、必要以上にビターな苦さ。そして、映画好きをわくわくさせる、へんてこりんな楽しさ。全ての観客を満足させてくれる、真の娯楽がここにある。いやいや、本当、参りました。