ぼくのエリ 200歳の少女のレビュー・感想・評価
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鼻タレ万歳
いやね、気にはなってたんだけど、この邦題じゃないですか、ちょっと手を出せませんでした。「ぼくのエリ」ですよ、勘弁してほしい。
まあ、ふと座頭市THE LASTと一緒にDVDレンタルしたんですが、
これ面白いわ。
もうたくさん色んな人が書いているし、オレも特別なことはほとんど書けねえんだけど、この話はオスカーの成長物語では決して無い。
幼いまま、過酷な運命につかまってしまった(すすんだ、じゃなく)鼻タレ坊主のお話。ラストのエリの口は笑っているが、フレーム割れしてて、目だけが強いまなざしをしていることから、結果的には、エリのねらいどおりのお話。果たしてあの鼻タレがエリの役に立つかはさて置いて。
(役に立てそうな描写が全く無いところが逆にすごい)
またエリも数百年も生きといて、見た目は12歳だが、所かまわず噛み付いたり、登ったりする悪癖を何とかしないとね。
まあ、その辺はエリのハートも12歳ってことで不満は無い。だからこそオスカーを選んだともいえるし、そうじゃないと、はなしが~~
エリにやられたらやり返せを受けて、体を鍛え、いじめっ子を棒でぶん殴る、そのえらい満足げな顔がやけに幼児的で、残虐的。シーンが変わるたびにオスカーの鼻をすするドアップが、オスカーの幼さを絶えず強調し、それが逆に彼のラスト以降の過酷な運命をより喚起させてくれ、なかなかしびれる。
モザイクの件は、まあ騒いでも騒がなくてもどっちでも良い。そもそも少年少女の恋物語とはオレは全く思っていない。
オスカーがエリをおちょくりながら、家に引き入れる。エリは少女のようにむくれる。血がダラー。オスカー慌てる。血流れのエリをオスカーはエリを受け入れるとき、エリの顔がワンカット、おぞましい顔になる。
上記のシーンと原題、なかなか凝ってますなあ。現実を直視しない、できない鼻タレへの警告かもね。
とはいっても鼻タレに警告しようにも鼻タレなんだからどうしようもなく、やはり運命に囚われた鼻タレの悲劇、ということか。
面白い!
コレを観れたのはリメイクのおかげ。モールスも一応見るが、以後、続編とかビギニングはやめてね。鼻タレだから良いのです。
恐ろしくも悲しい残酷なラブストーリー!
人間とバンパイアの切ない恋。といえば、これまでにも似たような作品はありましたが、圧倒的に美しくそして考えさせる衝撃的名作でした。
スウェーデンの非常に綺麗な雪化粧風景の中で静かに淡々と進む幼い恋と残酷な殺戮…。相反する2つが見事に融合し美しさすら感じます。12歳の子供が主役だからといって映画の質も一切落としておらず、幼い2人の名演技に完全に心を奪われてしまいます。
いじめられっこの少年オスカーに勇気をくれるバンパイアのエリ。エリのおかげでオスカーはいじめられっこに仕返しをすることができました。暗い過去を持ったエリに好意を抱くオスカー。オスカーのおかげでエリの心に温かさがともりました。徐々に距離が近づいていく二人、しかし決して幸せとは呼べない禁断の恋…。
物語ではエリの父親として描かれていた男性が居ます、はっきりとした説明無いですが、彼もまたオスカーと同じくエリを愛してしまった一人なのでしょう。年齢が止まってしまったバンパイアに対し、刻々と年齢を重ねていく人間にとって一人だけ老いていくことは辛いことでしょう。次第に年齢が近いオスカーに惹かれていくエリに父親のような存在だった男は「今夜は会わないでくれ」と発した言葉が非常に切なさを秘め印象的でした。命を懸けてまでエリを守る、彼もまた魅せられてしまった人間。
一度は離れた決断をしたオスカーとエリだが、ラストのプールシーンでは無音でいじめっ子達の頭や腕が引きちぎられていく残酷な展開の中、エリの美しく可愛らしい顔とオスカーの微笑みは、残酷シーンすら美しいシーンに変えてしまう二人の愛情と魅力が伝わりました。さて、モールス信号を送りながら愛を語らう二人の未来はどうなっていくのでしょうか…。
いや~。見事な作品でしたが、エリは本気の愛であったのか、生きていくために利用しようとしたのか、それは鑑賞者に判断はゆだねられます。私は、一度離れ戻ってきたことは本気の愛だったと信じたいです。(そうじゃないと、オスカーの未来が悲しすぎる)
ポーの一族!鬼滅の刃!!
『相手を殺しても生きたいと思っているでしょ?それが生きる事なの』
竈門 禰豆子と竈門 炭治郎の関係を思い浮かべた。つまり、恋愛と言うよりも親子、兄妹愛って事かなぁ?
人間の少年はこの時期に成長が一時停止する。精神的にも肉体的にも12歳の少女の方が大人に近い。しかし、ものの数ヶ月で少年がそれを追い越していく。その主旨が素晴らしく良く表されていると感じた。少女の様な少年が、少女と出会い大人へと成長していく。
しかし、稀に人間は、少年のままの者がいる。良くも悪くも。
映画の前半は少年と少女のカットは座った姿を撮っている。中盤以降、二人が並んで歩く場面が現れる。その時、少年と少女の肉体的な違いが分かる。つまり、少年が少女よりも背が遥かに高い。男女の肉体的な違いを語っている。数日で少年が成長した表現なのだろう。
恐ろしくも、哀しく、美しい
学校でのいじめと離婚した両親、孤独を感じるオスカーの隣家に少女と老人の2人が越してくる。
老人はエリのために連続殺人鬼として血を集めるが、失敗を厳しく叱責されるなどエリからの愛は薄い。
オスカーとの仲を深めていく様子を意味ありげに見守り、二人が会うことに後ろ向きな感情を抱いている。
そんな最中、無謀な計画により血の採取に失敗、顔を硫酸で溶かし病院でエリに殺されることを選ぶ
自らで食料を探すこととなったエリは長くは留まれない事をオスカーへ伝える。
ここを離れて生き延びるか、留まって死ぬか
文末には「あなたのエリ」
二人の距離が近づくにつれて、オスカーはエリの正体に気づいていく。それでも惹かれるのは本当の愛か、催眠か。
物語の最後、二人は電車に揺られ、モールスによる会話を楽しむ。
生きるためには殺すしかない。
オスカーは同じ轍を踏むことになるのか。
心理描写が美しい
ラストの選択に至るまでの心理描写が全編を通して丁寧に描かれている事に感動。オスカーが何故選ばれたのか、魔に魅入られるとはこういう事なのだという説得力を物語から感じます。吸血鬼物の悲哀と寂しさ、曲がっていてこそ純粋さを増す想い、エリが今まで繰り返してきたであろう運命の運び屋の受け渡しは子どものうちにしか引き継げないんじゃないかと思う。大人になったら入っていけない世界に感じるのよね。なんちゅう悲しい話よ。
お父さんと遊ぶ日のオスカーの笑顔の美しさがとても印象的であの彼でいられない日常の悲しさが心に突き刺さりました。
タイトルなし(ネタバレ)
最後、汽車のシーンでのモールス信号の意味を知りたくて検索してたら原作があることを知る。
原作と比べると随分違うようだ
ホーカンは元々教師であったが小児性愛者で、
学校をクビという所でエリと出会ってあのような役に…
これを知っていると映画だけを見た時に感じたオスカーは
ホーカンみたくじぃさんになるまでエリの食糧調達係に?
という不穏な展開を打ち消してくれますな
ただその不穏な雰囲気も良いしエリはそうやって生きながらえて来たのかな…と想像出来るのも良き
ボカシ部分については皆さんと同意見だし、
少女じゃないし200歳だと明確に分かるシーンもないし
男の娘だ…ってことで盛り上がる腐女子(私)がいるのに勿体な〜
サブタイトルよこの世からなくなれ
少女って付けることでなんの利点があんの?
付けた奴ホーカンかよ
最後のモールス信号はP・U・S・S
スウェーデン語でチュッ(小さなキス)
最高 血みどろの世界で二人の愛育んで…
人生でTOP5に入る映画
ヴァンパイア映画ではあるがその設定以外にファンタジックな要素は皆無。
めちゃくちゃ暗くて残酷な現実と向き合う少年少女の映画。
本作はとある媒体で「ホラー版小さな恋のメロディ」と紹介されていたが、おそらくそんなに生易しい作品ではない。
まず、主人公の隣の部屋に住んでいるエリはヴァンパイアとして生き延びるために殺人を繰り返している。また、当初父親かと思われた男性はエリとは血の繋がりが一切なく、彼女に血を与えるために同じく殺人を繰り返し、直接的な描写はないがその対価として見た目が少女であるエリから性的な施しを受けて生きている。
それ以外にも色々とあるが、とにかくエリの闇がかなり深い。
そして、主人公のオスカーも学校でいじめを受けていて、こちらもかなりひどい。
そんな社会から疎外されたもの同士が心を通じ合わせ、本当に何が正しいのか、を見つける映画。
だから原題は「Let The Right One In(正しいものを受け入れろ)」らしい。
破滅的な未来しか待っていない二人だが、全体を通して雪が静かに降っている静寂感と背筋が寒くなってくるようなホラー描写、そして少年少女の切ない純愛が美しいことこの上ない。
観賞後には間違いなくメンタルが病むのだが、何故かその余韻がとても美しいものに感じる作品。
一時期は毎晩繰り返し見て永遠に余韻が抜けないようにしていたので、きっと中毒だったのだと思う。
間違いなく自分の人生でトップ5に入る映画だろう。
【今作と、ハリウッドでリメイクされた当時13歳だったクロエ・グレース・モレッツ主演の「モールス」の違いを考える。】
ー 私が、クロエ・グレース・モレッツ主演の「モールス」を鑑賞したのは、2011年夏である。
独特の寒き世界観と、ヴァンパイアの少女アビーを演じたクロエ・グレース・モレッツの透明すぎる肌と、彼女とモールス信号を手段にして恋に落ちた少年、オーウェンの姿が印象的な、一風変わった恋愛映画であった。
そして、いつものようにパンフレットを購入し、読むとオリジナル作品がある事を知り、観賞した。
だが、その作品ではパンフレットに記載されていた”肝心なところが”描かれていなかった。
久方ぶりに鑑賞した配信ヴァージョンでも、同じであった。
<映画とは、編集の仕方で、制作者の意図を変えてしまうモノなのだなあ、という事を知った作品。興味のある方は、両作を鑑賞されることをお勧めしたい。
日本の映倫規定では、オリジナルをそのまま、観賞することは難しいのかもしれないが・・。
世間的には、このオリジナル作品が高く評価されているが、私は映画館で観た事も影響しているかとは思うが、悲しき少年”少女”の純愛を描いた、クロエ・グレース・モレッツ主演の「モールス」を評価するのである。作品としての完成度もオリジナル作品より、高いと思う。
因みに、オリジナル作品をキチンと観れば、「ぼくのエリ 200歳の少女」という邦題が間違ったタイトルである事が分かる。
今作の原作タイトルは「MORSE -モールス-」であり、オリジナル映画のタイトルは「Let the Right One in」である・・。>
核心部分が、、
初めてスウェーデン映画を見た。ほぼ全員透き通るような白い肌。
ホラーロマンスということで、けっこうちゃんとグロいシーンがある。
映画では説明されていなかったが、エリとおじさんの関係は親子ではなく、ペドフィリアのおじさんがエリに食料を調達する代わりに一緒に住んでもらっているという設定らしい。
また、エリが男だという核心部分がモザイクで隠されていて映画を見ただけでは分からなかった。
本国では去勢された部分が映るらしいが、なぜか日本は規制に引っかかってモザイク処理、、おかげで主人公が興味本位で覗いたちょっとエッチなシーンになっている、、笑
んー!逆効果!
良い意味で地獄な世界
冷たい温度の画面と、少し歪なストーリーが良かったです。もう少し上手くやると観る方がすっと納得するのに微妙にそうしないところとかお国柄なのかワザとなのか分からないけど、その喉の通りにくい感じが不穏で良い所だと思いました。
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以下ネタバレ有
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物語のスタートが主人公の執着地点なのが切なく、希望だと思って掴んだ道は地獄の道で、エリも分かっていて利用していて、諦めてるのに少し諦めきれてないそれが地獄な世界。
主人公の2人のビジュアルが美しすぎないのも良い。恵まれた家庭環境ではないけど愛が1つもない訳ではない微妙な家族の関係も映画の気持ち悪さのピースになってて、これが虐待をされてるとかだと観てる側もあ〜エリと一緒に行ってよかったのかもと思えそうなところだったけど、そうでないのがなんだか絶妙。
虐めがピークになった弾みで最後の展開になったけど、あと少し我慢したりあと少し違う勇気があれば普通の世界で生きられたとゆう後味の悪さがむしろこの映画のテーマだったのでは、、、と個人的には思いました。
いじめられてるオスカーは、エリが恋人になってくれると分かってから自信が出て、エリに上からで少しムカつく態度を取るんですよね。そのシーンもオスカーをとりまく環境や土地の閉塞感や歪みをとても感じる。そして孤独がいかに人の心を蝕み脆くさせるのかとゆうのも心にしみた部分で、長い年月を生き強い力を持ったエリですら1人では生きていけず、誰にもいじめを打ち明けられなかったオスカーは真っ暗な道に落ちてしまった。
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自宅で鑑賞。スウェーデン産で原題は"Låt den rätte komma in(正者を招き入れる)"。全篇リリカルな描写だが、微妙で凡作の域を脱してない。赤や朱色が印象的に使われているが、ホラー要素は極めて控え目で、同じスウェーデンの『マイライフ・アズ・ア・ドッグ('85)』辺りのテイストを想起。L.レアンデション演じる“エリ”が獲物を襲うシーンはスピーディで、ゆったり流れる時間軸内でメリハリをつけている。“オスカー”のK.ヘーデブラントは印象的な上、ラストシーンも佳かった。60/100点。
・I.ノード演じる“ヴァージニア”に猫が襲い掛かるシーンは、S.キングのオリジナル脚本による『スリープウォーカーズ('92)』を想起した。「隠れ家」でのシーケンスは、科白回しも良く、ドキドキした。ラストシーン、電車内での遣り取りはスウェーデン語で「キス」を意味する"P-U-S-S"とモールスしているらしい。エンドロールも黒→赤→黒と変化し、シンプル乍ら印象的。ただネタバレ全開の邦題(副題)は戴けない。
・劇中“オスカー”が“エリ”の着替えを覗くシーンではボカシが入れられているが、実は“エリ”の女性器は縫合されている描写がボカされているのだソウだ。コレで“エリ”が繰り返して云う「女の子ではない」の意味が少々違ってくるし、ボカシの有無で作品の印象も変るのではないだろうか。ちなみにJ.A.リンドクヴィストの原作では“エリ”は少年の設定。
・鑑賞日:2012年3月30日(金)
ラスト10分
ずっと気になってたけど、ついに見れました^ ^
個人的にはラスト好き。
正確にはラスト10分が好き。
やってくれますね。
子供が死ぬ映画って本当に嫌いなんですけど、
なんでかな。
この映画はなんか観れてしまう。
希望としては、あのいじめっ子の兄貴だけ餌食になれば良かったのに。とか、思いましたけども。
エリの目はすごく不思議な目をしてます。
特殊効果使ったかな?ってくらい、いろんな表情がある。
主人公の少年は本当に美少年で、笑顔がかわいい。
二人とも孤独。
だから引かれ合うのかな。
子供を持つ身としては、ラストにオスカーがエリと
逃避行する場面で、オスカーのお母さんは本当に
辛いだろうなとか、考えちゃいました。
映画では、オスカーもエリのために食料調達してたおっさんと、同じ末路になるのかー
と心配になりましたが、どうやら原作ではそんな心配いらないらしいです。
原作のモールスも機会があったら読んでみようかなー。
副題が邪魔
裏切りのサーカスが好きで同じ監督ですし面白そうなので鑑賞してみました。
他でもちらほら指摘されてましたが200歳の少女っていうのがネタバレしてるのでいらないと思いました。観る前からこの子はただの少女ではないってわかりながら鑑賞するので面白味が半減します。
あと途中のエリのぼかしはいらないです。女性器ではなく去勢された痕ということが後でわかりましたが、エリがずっと女の子じゃないと言ってたのは本当にそういう意味だったとは。てっきり性別云々の問題じゃなくそもそもバンパイアだからとかで謙遜してんのかなと思ってたました。
女か男かでがらりと印象変わりますしいりませんね。
あとこれは好みによりますが暗い映画だしイジメなど一方的にやられるシーンは辛くなってくるので苦手だしイジメっ子達にイライラ。ラストはエリが倒してくれたのでカタルシスは解消しましたが。
孤独な魂のボーイミーツガールものとしては良かったと思う。あの二人はどうやって生きていくのだろうとしみじみ思いました。
土地、寒い、静寂、地面サクッ、小物かわいい
邦題のミスリードはさておき、(ちょこんと側における程度のものではないですが)本当にワンシーンごとのカット角度、距離感が自分の好みと合いました。オスカーの自宅での様子とかもかわいらしくて素敵でした。
子役二人の表情が適度に豊かで、あまり大きくドンっと感情を表そうとせず、小さく沢山の感情を同時に浮かべるところに惹かれました。
てかオスカーエリが吸血鬼てことに薄々気づいてたよな。記事集めてたし
明るすぎず暗すぎず、映画全体の雰囲気を大事にしている感じがして、好感が持てました。
オスカーの行く末は一体、エリの真意は如何なものか。考えれば考えるほどおもしろい映画です。いつまでも生まれたての感情が続くはずもなく、いずれは熟年夫婦みたいに取って取られるの関係になるのか。
新たな門出に二人の思いは多少いや大きく違うのでしょうね。
忘れてはいけないこの映画、吸血シーンがカッコいいんです。なんというか、ヴァンパイアがしそうな世間にある(かもしれない)比較的スタイリッシュな殺戮を上手くかいているように感じました。
あとエリは200年も生きてるだけあって、間合い、駆け引き(殺戮的にも人間関係的にも)の取り方が上手い。これからも百戦錬磨でしょう。
ヴァンパイアと猫にはどういった関係が?(オスカーも立ち寄ったお店の猫に威嚇されてましたね、匂いかな?)
なぜあのタイミングでジャングルジムにきたのか、まるで何かを予期していたかのようですね。
許してはならないぼかし
露わになったエリの股が実は去勢された傷跡であり少年だったという意味のある重大なシーンなのに、ぼかしを入れた事により露わになった少女の股にドキッとする少年という解釈違いを起こしてしまうのはとても勿体無い……。映画の解釈を誤った方向へ導いてしまうぼかしは果たしてどうなのか。
物語は好きなのにこういう部分でイラつきたく無いですね。
それに、邦題も200歳の少女ってただのネタバレだし上記の件に誤解釈を生む原因にもなってる。
人を選びそうな映画
主役の子、素晴らしかったですね
あの2人の作り出す空気感とかもう凄い
彼らはすべて理解して演じてんじゃなかろうか
男の子の真っ白な感じとか無機質で非人間的で、女の子となんか対極のようで対極でない、、、言葉にできないけど、2人のシンパシーをすごく感じた
ラストも正解ってかんじでしたね
殺し方とか演出とかもいちいちおしゃれでした
刹那
オスカーが勇気を持ってイジメに屈しなかったのも、最終的にエリを選んだのも、自分の殻を破ったからです。
彼の様に殻を破り成長するには、大切な「誰か」の存在が必要なんですね。それが、永遠に報われないとしても。
刹那的にしか生きることができないエリ。
成長するオスカー。
エリだけ時が止まり、オスカーは時を刻んでいく。
人は歳を取りたくないというけれど、それは周りの人がいてこそ。
大切な人と時を重ねられないこと、永遠に終わらないということ、切ない作品です。
温まらないラブストーリー
見終わったあとに解説読まないと
何だかわからない映画。
解説を読んでいろいろと納得。
静かに冷たく残酷で、これはこれで
素敵なラブストーリーだと思った。
オスカーも最初の血を調達していた
男性と同じ道を歩むのだろう。
本人はまるで想像していないように見えたけど。
血を調達していた彼の血を吸い、
窓から転げ落ちていくとき
エリは何を思ったのだろう。
男性はどんな思いで息を引き取ったのだろう。
男性はエリを愛していた?だから今夜は少年に会わないでくれと頼んだ?
エリが去勢した理由は?
オスカーに対する本当のエリの想いは?
いろいろ考えたら止まらない。
私もエリに恋をした。
でたよ。邦題問題(てか副題問題)
勝手に「これ、判り難い映画でしょう?説明してあげるね」的な、余計な副題をつけないで!
しかも、映画の中では性別をわざわざ言及してないのに、"少女"って?これ、観ないでタイトルつけちゃうパターンでしょう?
こういうの、大嫌い!
雪深い、太陽が低い、寒い、冷たい、氷の結晶のような町ストックホルム。
離婚したオスカーの両親は、彼が陰惨な虐めにあっていることを知らない。しかもオスカーには、そのことを話す友人もいない。
エリは見た目は12歳の少女ですが、ヴァンパイアです。
エリが一緒に暮らしている男は父親のふりをしているだけで、エリの食事(血)調達係です。その男も、顔に硫酸をかけられた状態で死にます。
オスカーは孤独で、エリも永遠の孤独の中にいる。そんな二人が、少しずつ気持ちを通わせていく姿に、(ネット上では)小さな恋のメロディのヴァンパイア版との指摘が散見されます。ですが、本作はもっと残酷なラブストーリー(?)だと思いました。
オスカーはエリに「ガールフレンド」になってと云い、エリは「少女」でなくても構わないか?と問います。それでも、好きでいてくれるか?勿論エリは12歳ではないですし、女性でも男性でもないのです。そのことが明らかになるシーンがあります(映倫さんのせいで観客には分かりません。その際の台詞で推測)。
12歳でもない、少女でもない、少年でもない。そんな異形の者との恋を、オスカーはどう決心するのか?
オスカーの決心は、ラストのシーンで分かります。列車に乗るオスカーの横には、大きな木箱があります。ここで、モールス信号の伏線が回収される。素晴らしいです。
このシーンは、オスカーがエリと一緒に生きて行く決心をしたことを表していますが、と同時に、彼の運命が決まった瞬間でもあると思いました。オスカーも、顔を焼いたあの父親役の男と、同じ運命を辿るかも知れない……。あの男も、昔はこんな美しいオスカーだったかも。
印象的なシーンが、二つあります。
一つは冒頭にも書きましたが、舌にまだ血がまだ残る唇で、エリがオスカーに口吻るシーンです。湿った音を立てながら、エリが瞳を閉じて、また開ける。瞼が開けられる度に、少女の戸惑い、獲物を仕留めた獣の目、哀しみ、支配、愛情がくるくる浮かびます。こんなに心に迫るキスシーンは、初めてです。
次は、プールでいつものように虐められるオスカーが、水に沈められるシーン。水の中で苦しそうに藻掻くオスカーの周りに、千切れた手足が浮かぶ。オスカーが漸く顔を上げると、凜と微笑むエリがいました。この瞬間、私もエリに恋をしました。
この二人は全くの新人の子役さんのようで、演技のぎこちなさがリアルに繋がっているように思いました。
さて、原題が「(スエーデン語)Låt den rätte komma in」です。意味は「正しき者を招き入れよ」らしいです。これは、ヴァンパイアは「入っていい」と言われないと、部屋の入れないことに由来します。うーん。
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