やがて来たる者へ : 映画評論・批評
2011年10月11日更新
2011年10月22日より岩波ホールにてロードショー
歴史上の血塗られた惨劇を背景にした“聖なる”少女映画
1944年秋、パルチザン抹殺のため北イタリアの農村を蹂躙したナチスが、大勢の子供、老人、女性を含む771人の命を奪った。この“マルザボットの虐殺”という歴史的事実に基づく本作は、実に恐ろしく痛ましい内容だ。画面に映るドイツ兵以外の大半の人間は死亡するのだから、悲惨な映画は苦手という人は腰が引けるだろう。しかしこの映画は“リアリティ”のみを追求した実録ドラマや社会派ものとは異質な視点を含んでいる。主人公は口のきけない8歳の少女なのだ。
映画の中心にあるのは、四季折々の美しい自然の中に暮らす農民たちの営みだ。カメラはその日常をするりと逸脱し、少女マルティーナのささやかな冒険を見つめていく。痩せこけた足で野山を駆け、空から降ってくるパラシュート兵や大人たちの殺し合いを目撃するマルティーナ。迫り来る大量虐殺のカウントダウンに胸騒ぎを覚えつつ、理不尽な戦時下にひとりぼっちで豊かな感性を育む少女の一挙一動にも心がざわめく。
そしてクライマックス、殺人集団の到来を予知するかのように「何かがたくさんやってくる」と紙に記していたマルティーナは驚くべき行動に出る。教会に避難した村人たちの祈りと非情な銃弾が錯綜するなか、映画は奇跡としか言いようのない時間を映し出す。“やがて来たる者”とは悪魔か、それとも祝福されし者か。終盤30分は鳥肌ものだ。この繊細にして超自然的な凄みを感じさせる少女映画は、血の惨劇さえものみ込み、聖なるおとぎ話へと昇華されるのだ。
(高橋諭治)