川の底からこんにちは : 映画評論・批評
2010年4月20日更新
2010年5月1日よりユーロスペースにてロードショー
大衆娯楽映画の骨法を遵守したオフ・ビートなローカル・コメディ
PFFのグランプリほか数々の受賞歴を誇る期待の新鋭・石井裕也の商業映画デビュー作は、正統的な大衆娯楽映画の骨法を遵守しながらも、大阪芸大の先輩・山下敦弘の「バカのハコ船」を想わせるオフ・ビートなローカル・コメディの快作に仕上がった。
男にも都会生活にも疲れ果てた派遣OLが、ガンで余命わずかな父親のしじみ工場を引き継ぎ、再生させるという旧弊で古典的なプロットを嫌みなく牽引するのは、今、最も輝いている満島ひかりの千変万化する表情の圧倒的な魅力である。
自主映画時代から石井作品には、排泄物への奇妙な執着、母性への屈折した憧憬が垣間見えたが、本作でも、冒頭、満島ひかりがエステで腸内洗浄されながら浮かべる放心の表情や、朝の勤行のように黙々と糞尿を畑にかける行為が印象的だ。子連れで付いてきた恋人のふがいなさにあきれ果て、一発奮起して、戦闘モードで、自転車に子供を乗せて幼稚園へと疾走する場面は、内に欠損として抱えていたヒロインの母性が一気に噴出した証しとして秀逸だ。亡くなった父親が工場で働く性欲ではち切れそうなオバちゃんたち全員とデキていたという艶笑小話のようなオチは、彼女の家出の一因であり、オブセッションでもあった<新しいお母さん>の混濁したイメージを、強引に、ご都合主義的なハッピーエンドとして解消させてしまう荒業で、なかなかに不敵である。
(高崎俊夫)