「過程の、美学」酔いがさめたら、うちに帰ろう。 ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
過程の、美学
「サード」などの作品で知られる東陽一監督が、浅野忠信、永作博美を主演に迎えて描く人間ドラマ。
男はアルコール依存症を克服し、入院していた精神病棟を退院する。退院する患者は、自らの生い立ち、酒に逃げた経緯を他の患者に話すという慣例に従う。男も、朴訥に語り始める。いよいよ、観客を涙の滝に誘い込む大団円である・・・はずが、男は全てを語らない。途中で席を離れてしまう。これは、どういうことだ。
本作が、注意深く心掛けていることは、「男が、最後に亡くなってしまう」という観客が前提として理解している事実に、重要性を与えないことだ。もちろん、そこの終着点にクライマックスを持ち込んだほうが作り方としても効率的、かつ組み立て方が解りやすくなるのは目に見えている。でも、この作品はそれをしない。
男を静かに見つめる妻が職としている漫画の、空の色が生まれるまでを丁寧に追いかける手間。一回の内視鏡手術を描くために、マウスピースの装着からこつこつ、こつこつ掬いだす手間。そう、本作が最も力を注いでるのは「過程」。涙腺を刺激する「結果」に頼らず、一つの結末にたどり着くまでの過程にこそ、本当の人間の美しさ、健気さ、弱さが宿ると、この映画は信じている。
だからこそ、男の身の上話も限りなく不自然にぶった切る。何故、男が酒に走ったかはそれほど大事じゃない。男が過去を見つめるまでに過ごした毎日を見てきた観客には、もう言わずもがなでしょうと作り手はほくそ笑む。
「死」を一大イベントと捉えず、それまでにどう「生きるか」をしっかりと考え、掴もうとする姿勢は、映画作家として、そして一人の人間として誠実に、清潔である。本作は一人の女性漫画家の夫の自叙伝という魅力以上に、人間ドラマへの真っ直ぐな、正しい答えとしての価値に満ちている。