ソウル・キッチン : 映画評論・批評
2011年1月18日更新
2011年1月22日よりシネマライズほかにてロードショー
カオスや速度と相性のよい才気。この新鮮なコメディに注目
身体が熊で、顔がリンゴ・スター。
主人公ジノス(アダム・ボウスドウコス)の容姿を見るだけで笑い出す人はいるかもしれない。が、コメディはそう甘くない。
食堂を経営するジノスには刑務所から仮釈放された兄がいる。兄の体型は熊より猿に近いが、顔はやはりリンゴだ。しかも駄目男と来る。だらしなくて、甲斐性がなくて、弟に頼る気持がはっきりと表情に出ている。
ここで、映画の点数が上がる。
さらに、妄想の激しいシェフが加わる。大酒呑みのウェイトレスや、強欲なのに間抜けな不動産屋や、石頭で淫乱な税務署の女まで出てくれば、もう駒はそろったも同然だ。
加えて、映画のペースが心地よい。
スピードがあって歯切れがよくて、よけいな説明がない。泥臭さを野趣や愛嬌に変えて差し出す心遣いも忘れていない。自己欺瞞的な善人やシリアスな悪人が出てこないから、観客は余分な神経を遣わなくてすむ。
「ソウル・キッチン」はそんなコメディだ。冒頭でもちらりと触れたが、舞台はハンブルクの倉庫街にあるレストランだ。いや、大衆食堂兼ライブハウスと呼ぶほうがぴったり来るか。この店を舞台に、ドタバタ騒ぎが起こる。これがおかしい。笑わせてくれる。
監督のファティ・アキンは37歳と若い。前作「そして、私たちは愛に帰る」でも侮りがたい才気を見せていたが、あの才気はやはり、カオスや速度と相性がよかったのだ。
というわけで、「ソウル・キッチン」は99分の上映時間を一気に走り抜ける。飲んだり食ったり歌ったりしても人生の難問は解決しないだろうが、もしかすると肩の荷を軽くしてくれるぐらいのことはできるかもしれないぞ。伝わってくる気分は、およそこんな感じだ。それで十分じゃないか、と私も思う。
(芝山幹郎)