抵抗(レジスタンス) 死刑囚の手記より : 映画評論・批評
2010年3月23日更新
2010年3月20日より岩波ホールにてロードショー
一切の感情移入を排したその簡潔で禁欲的なフォルムに驚嘆させられる
ジャック・ベッケルの「穴」と並ぶ<脱獄もの>のジャンルの最高傑作である。ロベール・ブレッソンは、職業俳優を嫌い、素人を使って、通常の劇的な喜怒哀楽の表現、誇張や虚飾を剥ぎ取ることに専心した孤高の映画作家だ。ドイツ占領下、フランス・リヨンの監獄に、脱獄に失敗したレジスタンス派のフォンテーヌ中尉が収容される。映画はあたかも主人公の獄中記のページをめくるように、彼の行為を細大漏らさずに描写する。ここでのナレーションは単なる心理の説明ではなく、独房に隔離された彼の絶望、死の恐怖、そして微かな希望が永劫に反復される孤独な魂の表白そのものと化すのだ。
とりわけ、主人公の<手>のなまめくようなクローズアップが忘れがたい。スプーンで扉の板に亀裂を入れ、採光窓の枠を鉤に加工するといった一連の気の遠くなるようなシジフォス的な動作が、定点観測のように冷徹にとらえられる。一切の感情移入を排したその簡潔で禁欲的なフォルムには驚嘆させられるが、いっぽうで、熟練の技芸家を想わせるエロティックな<手>の運動が、獄内に棲息する同士たちの<希望の原理>と遥かに共鳴し、恩寵と化して、主人公の命がけの飛躍を静かに保証するのである。地獄の底から聞こえてくるような、深夜、獄舎を巡回する自転車の不気味な軋む<音>が、見終わっても耳に永く残る。寡黙、厳粛の代名詞として語られ、神格化されがちなブレッソンの作品は、息詰まるようなサスペンスを孕む根源的な恐怖映画でもあるのだ。
(高崎俊夫)