「ディカとケンちゃんの夢泥棒放浪記」インセプション Kadwaky悠さんの映画レビュー(感想・評価)
ディカとケンちゃんの夢泥棒放浪記
ディカプリオと渡辺謙の共演、そしてあの故ヒース・レンジャー演じるジョーカーを造形した、「ダークナイト」のノーラン監督最新作である「インセプション」の日本向け予告編を見る限り、最初に想起するのは筒井康隆の「パプリカ」である。
人の夢の中を舞台に描かれるSFアクションという意味では同じジャンルに属する作品だと思う。実際、アニメ「パプリカ」の監督である今敏のオフィシャルサイトの掲示板でも、「インセプション対パプリカ論争」とやや挑発的で攻撃的なタイトルのスレッドが立っており、なにやら楽しそうだ。ただ、観賞者の感想をざっくり拾っても似て非なり的なところで落ち着いているようだ。本当にそっくりなら、今さんではなく筒井康隆の方が激昂して、断筆宣言またしちゃうっつうの…。
まあ冗談はさて置き、それで観賞してみて実際のところどうだったのかというと、
思ったより意外に複雑な内容でなかったので入り込みやすかった。 傑作ではないが秀作である。でも観賞後の帰り際、後ろから来たカップルが酷評していた。多分ついていけなかったんだろうね、かわいそ。
「パプリカ」は、筒井康隆の原作で今敏がマッドハウス制作でアニメ化している。
ひとの夢の中に入って精神疾患の治療を行う夢探偵が主人公である。
「JM」は、ウイリアム・ギブソンの「記憶屋ジョニー」が原作で、キアヌ・リーブス主演でハリウッドで映画化されている。
キアヌ演じる記憶屋ジョニーは、自身の脳をメモリーにして機密情報を移送することを生業としている。蛇足だが個人的には「ニューロマンサー」の映像化が期待される。
「攻殻機動隊」は、士郎正宗原作のマンガで、押井守がプロダクションI.G.制作で劇場用にアニメ化し、さらにテレビシリーズ化もされている。
近未来、マイクロマシニングを使用して脳の神経ネットにデバイスを直接接続する電脳化技術や、義手・義足にロボット技術を付加した発展系であるサイボーグ(義体化)技術が発展、普及した。その結果、多くの人間が電脳によってインターネットに直接アクセスできる時代が到来した。人間、電脳化した人間、サイボーグ、アンドロイド、バイオロイドが混在する社会の中で、テロや暗殺、汚職などの犯罪を事前に察知してその被害を最小限に防ぐ内務省直属の攻性の公安警察組織「公安9課」通称「攻殻機動隊」の活躍を描いた物語。
あ、これすべてwikiの受け売りね。
「マトリックス」は、ウォシャウスキー兄弟がたぶんこれらの作品を踏まえ、映画化したのだろう。今回の「インセプション」でも、「マトリックス」的な要素やディテールが非常に多く使われている。
もうひとつ「解体屋外伝」は、いとうせいこう原作の小説で、浅田寅ヲの作画で「ウルトラバロック・デプログラマー 」として漫画化しているが、解体屋は、操作者、戦闘者、解析担当という三つのキャラクター(しかし元はひとつなのだが)がチームとなって、洗脳されたひとの頭の中を元に戻すことを生業としている。今回の「インセプション」と比較してこの作品が一番近い作品の気がするのはぼくだけかな…。
こういった感じで、ひとの頭の中をかき回す映画やアニメは意外に多い。
その中のひとつであるから、新しい世界観を創造したような意外性はぼくからしたらない。だから、この作品が「ディカとケンちゃんの夢泥棒放浪記」と酷評されてもしかたない。
でも、この重層な物語をよくここまでエンターテインメント化できたか、そちらの能力の秀でているところが、ノーランの実力と、傑作ではなく秀作である理由である。本当に描きたかった世界観を率直に描いてしまったら多分誰もついていけない。パプリカで今敏が筒井康隆の原作を踏襲できなかったのは、それが映像化の、エンターテインメントの限界だと思う。文学をエンターテインメントは超えることができない、これは別のこととして主張したい。
話はそれたが、今回の作品の秀逸さのひとつは、「夢の中の夢」を「夢の中の夢の中の夢の中の夢」まで入り込んで映像化したことだ。「夢の中の夢」などというフレーズは藤子F不二雄ぐらいしか思いつかない。だから、またしてもSF(すこしふしぎな物語)の領域なのである。それは、ラストシーンで明らかだ。またしても作品の結末を観賞者に任せている。そうして、もうひとつのラストシーンなどと言ってDVDで嘯くのか…。
なんだか酷評しているようだが、ぼく自身の評価は極めて良好である。
渡辺謙の演技は妙技と化して非常によかった。それから、設計士のアリアドネを演じたエレン・ペイジは、予告編では子供かと思ったが、学生のくせに自信満々なのがすごく印象的である。さすが「JUNO」で幼い妊婦を演じただけはある。
あとアーサーの第2層のシーンとユスフの第1層のシーンが非常に対照的なのも演出的に効果的だったと思う。しかしながら、ロバートの潜在意識に潜り込んでからのストーリーがあまりにも単調だったのが残念である。
「インセプション」は結果的にサイバーパンク的なSFアクションに終始してしまったが、この手のシチュエーションをモチーフとした作品が今後作られるとしたら非常にうれしい。「インセプション」の2作目でもいいし、個人的には大好きな世界観なんで大いに映像化してほしいものである。