「貴方じゃなくちゃ、駄目なんだ」空気人形 ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
貴方じゃなくちゃ、駄目なんだ
「歩いても 歩いても」などの作品で知られる是枝裕和監督が、「リンダ リンダ リンダ」のぺ・ドゥナ、ARATAを主演に迎えて描く、群像劇。
電車の進行方向と反対向きに、座る。その瞬間に感じる苦しいほどの切なさと寂しさは、ちょっと耐えられない。自分を置いて、勝手に疾走していく世界、抗えない無力感。どうして、ここに座って息をしているのか・・と、不意に考えて、心が冷えていくのを感じる。
本作は、そんな電車の一幕から展開していく。孤独を抱えた男がすがり付く一体の人形が何らかのきっかけで心を持ち、閉塞の家を飛び出して大都市「東京」へと足を踏み出していく。
大まかなストーリーだけをもって想像すれば、下手すれば「誰もいないはずの部屋で、人形が勝手に動き、部屋を変えていく異色のホラー」になってしまう奇妙奇天烈な要素が溢れる。しかし、観客はすぐにその寂しさと、乾いた虚しさが塗りたくられた世界を、見せ付けられることになる。
一瞬でモデルが移り変わり、簡単に捨てられる電化製品が溢れる家電街、映画館の代わりとして、要素だけを貼り付けられたレンタル製品の店、派遣社員に、ストッキング。物語に散りばめられた「孤独」と、「代わり」の産物たち。全てが無言で観客の視覚に飛び込み、少しずつ空っぽの現代日本を作り上げていく。
下手に大仰な主張で訴えられるよりも、じわじわと観客に染み渡っていく悲しさと、無味無臭の砂漠に投げ捨てられたざらざらの気分。非常に痛々しい、作り手の巧妙な作為が光る。
その中でも、ほんわかと乾燥した世界を潤してくれるぺ・ドゥナの純粋な瞳と、コミカルな動き。ARATAの温かい柔らかさと、人間臭さ。硬質な厳格さだけでは観客は苦しいだけだと感じる作り手の配慮が心底、嬉しい。
「君になら・・・」人形ではなくとも、私達誰もが心のどこかで求めているその一言。実際、その言葉の裏には金であったり、欲望が渦巻いているのが現実なのが寂しいけれど、それでも、どうせ生きているなら、言われてみたい。愛と夢に彩られたラストが、そのささやかな可能性を提示してくれている。
堅実に観客の心へと突き刺さる、寂しさへの諦めと、かすかな希望。あらゆる世代の人間達に向けた、毎日への小さなエールが輝く一本だ。
「君じゃなきゃ、駄目なんだ・・」そんな少女漫画が、あったっけ。狂おしいまでに情熱的な、人を元気にする言葉なんだなと、今は思う。