「脚本の盛り上げ方がイマイチで、やや淡々とした終わり方だったのが残念だけど、昭和の炭坑町はリアルで素晴らしい。」信さん 炭坑町のセレナーデ 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
脚本の盛り上げ方がイマイチで、やや淡々とした終わり方だったのが残念だけど、昭和の炭坑町はリアルで素晴らしい。
平山監督は落語への造詣が深く。登場人物の間の置き方や人情の機微を描かせば、名人芸の噺家にもひけをとらない、ヒューマンストーリーの達人です。だから本作にも期待を込めてみました。
期待通り、人物描写は感動的なシーンが多いものの、脚本の盛り上げ方がイマイチで、やや淡々とした終わり方だったのが残念です。昭和を描いた作品として、『三丁目の夕日』シリーズのようなドラマ性をもっと盛り込んで欲しかったです。作品と同じ福岡出身だけに、ちょっと監督の思い入れも深かったのでないでしょうか。
昭和30年代の福岡県の炭坑島を舞台に、貧しいながらも明るく必死に生きる人々の日常と、やがて訪れる過酷な運命を描く骨太なヒューマンドラマ。複線に主人公の親友となる朝鮮人一家への差別や、過酷で低賃金な労働環境による労働争議が盛り込まれていますが、極力そういった政治的な背景を避けて、信さんと主人公の少年守の母親である美智代との交情に絞ったところは好感が持てます。
今では、年上の熟女との恋もブームになっていますが、公開当時では、信さんが20歳も年上の美智代に恋してしまうという設定に違和感を感じた人も多かったのではないでしょうか。しかし、信さんの前に初めて美智代役の小雪が登場するときの、まぶしさといったら絶品もの。あんな演技というか輝くような内面の美をオーラとして放たれたら、信さんならずとも惚れてしまいます。
さらにいいのが、そのあと信さんに寄り添うシーン。義理の父親に毎日DVにあい、親の愛に飢えていた信さんに、黙って後ろから美智代は抱き上げるのです。その優しさには胸を打たれました。
青年になってからの信さんが美智代に告白するシーンもあるのですけど、プライトニックな関係のままというのはどうでしょう。もっとスリリングな熟女との恋の展開があっても良かったのでは?
さて、本作の魅力は、昭和の炭坑町の忠実な再現です。それは動く炭鉱トロッコなど大仕掛けなセットだけでなく、当時のファッションや駄菓子屋の商品、街の看板に至るまで随所に発揮されています。また、信さんの母親役の大竹しのぶや駄菓子屋の店主役の中尾ミエ、朝鮮人炭鉱労働者役の岸部一徳など俳優陣も当時の人々の人情をよく出していて、あの時代の炭坑町の暮らしぶりがよく伝わってくるのが特筆すべきでであると思います。
その活気ある姿が閉山後の廃墟と対比されることで、日本のエネルギー政策の大きな変遷を感じずにいられません。大人になった守が旧友の信さんを懐古するという形で進む本作。昭和30年代の炭坑町の活況を知るものなら。誰でも守のように当時のことが忘れがたい記憶として残っていくものでしょう。たぶん五木寛之の『青春の門』もその辺が原動力になっているのではないでしょうか。